2026年10月9日金曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1445) 「ヤチセ沢川・パンケ沢川・ペンケ沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ヤチセ沢川

yachi(-un)-chis??
湿地(・にある)・丸い岩山
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
厚真町字富里(かつてのトニカ)から道道 1065 号「夕張厚真線」を 3.2 km ほど北に向かったところで北西から頗美宇(はびう)川に合流する支流です。

『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ヤツチセ」と「ヘンケヤツチセ」という川が描かれていました。


『北海道実測切図』(1895 頃) には「ヤッチセ」という川が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「安都摩日誌」には次のように記されていました。

 また少し上に
      ヤツンチセ
 左りの方小川。是昔し土人等始て木の皮屋を立し処なりとかや。また並びて
      ヘンケヤツンチセ
 同じく左りの岸なり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.473 より引用)
この「ヤツン」は、萱野さんの辞書にある「ヤㇻ」なのかもしれません。

ヤㇻ【yar】
 木の皮:狩小屋を建てる時,屋根とか囲いに使えるぐらいの広さや長さのあるものをいう.
(萱野茂『萱野茂のアイヌ語辞典』三省堂 p.450 より引用)
この yar は chise の前にあるので、「r は,ch の前でも,それに引かれて t になる」(知里真志保『アイヌ語入門』(1956) p.172)で yat に変化したと考えられます。yat-chise で「木の皮・小屋」と見て良さそうですが、いくつか引っかかる点もあります。

まず、松浦武四郎は「ヤツンチセ」と「ヘンケヤツンチセ」があると記録しています。これはどちらも川の名前だと考えられますが、地図を見た限りでは「ヤチセ沢川」と同規模の川は見当たりません。

記録された川名?は「ヤツンチセ」と「ヘンケヤツンチセ」なので、「ヤツンチセ」のほうが規模の大きな川だったと推測できますが、それにしても「ヤツンチセ」と「ヘンケヤツンチセ」の規模が違いすぎるのが気になるところです。

「ヤッチセ」ではなく「ヤツンチセ」

もう一つの疑問が、松浦武四郎は(『東西蝦夷山川地理取調図』を除けば)軒並み「ヤツンチセ」と記録している点です。「木の皮の小屋」という解釈は「ヤッチセ」であれば成り立つものの、「ヤツンチセ」を「木の皮の小屋」と考えるのは難しそうにも思えます。

「木の皮の小屋」以外の解釈が成り立たないか……と少し考えてみたのですが、yachi(-un)-chis で「湿地(・にある)・丸い岩山」とは考えられないでしょうか。yachi は和語の「谷地」からの移入語彙である可能性もありそうですが、『地名アイヌ語小辞典』(1956) 以外でも『アイヌ語沙流方言辞典』(1996) と『萱野茂のアイヌ語辞典』(2010) に存在を確認できます。

地形図を見てみると、「ヤチセ沢川」の河口付近には水田が広がっているので、かつては「ヤチ」だった可能性がありそうです。そして「ヤチセ沢川」の東には似た大きさの山が二つ並んでいるんですよね。

もっともこの場合、今度はなぜ「ハンケヤツンチセ」ではなく「ヤツンチセ」なのかという疑問が出てくるのですが、「ヤツンチセ」がいつしか山の名前ではなく川の名前に転じてしまった……とかでしょうか。

パンケ沢川

panke-us-or-ot-tu??
川下側・湾・の中・にある・岬(尾根)
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
道道 1065 号「夕張厚真線」が「ヤチセ沢川」を横断する「八千瀬橋」から 1.4 km ほど遡ったところに「恵比寿橋」という橋があり、橋から 0.1 km ほど遡ったあたりで東から頗美宇川に合流する支流です。

『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) ではそれらしい川を確認できませんが、『北海道実測切図』(1895 頃) には「パンケオリショツ」という川が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) や永田地名解 (1891) にはそれらしい川が見当たらないように思えます。『北海道地名誌』(1975) には次のように記されていたのですが……

 パンケ沢 頗美宇川の左小沢。原名はパンケウシュルッツ沢。意味不明。
(NHK 北海道本部・編『北海道地名誌』北海教育評論社 p.541 より引用)
「実測切図」と『北海道地名誌』の記録を比較すると、「リショ」が「シュルッ」に音韻転倒しているように思えます。「実測切図」の「──オリショツ」を素直に解釈すると uri-sut で「その丘・麓」あたりになるかと思うのですが、しっくり来ないというのが正直なところです。

そして困ったことに『北海道地名誌』の「──ウシュルッツ沢」であれば us-or で「湾・の中」と解釈できてしまいます。「パンケ沢川」(と北隣の「ペンケ沢川」)の谷は比較的開けていて田畑もあるように見えるので、そのことを「湾」と表現した……という可能性がありそうに思えます。

ただ「ウシュル」ではなく「ウシュルッ(・)ツ(・)」なので、となると us-or-ot-tu で「湾・の中・にある・岬(尾根)」とかでしょうか。となると若干の軌道修正が必要で、「パンケ沢川」のことを「湾」と考えたのではなく、「パン家沢川」と「頗美宇川」を合わせて「湾」と考えて、その間に伸びる尾根を「岬」と考えた、ということになるのでしょう。

ペンケ沢川

panke-us-or-ot-tu??
川上側・湾・の中・にある・岬(尾根)
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「パンケ沢川」の 1.6 km ほど北で北東から「頗美宇川」に合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「ペンケオリショツ」と描かれていました。


『北海道地名誌』(1975) には次のように記されていました(改めて引用するまでも無いのですが……)。

 ペンケ沢 頗美宇川の左小沢。原名ペンケウシュルッツ沢の略。
(NHK 北海道本部・編『北海道地名誌』北海教育評論社 p.541 より引用)
「実測切図」の「──オリショツ」と『北海道地名誌』の「──ウシュルッツ」は音韻転倒を起こしているのですが、アイヌ語地名としてしっくり来るのは「──ウシュルッツ」のほうで、panke-us-or-ot-tu で「川上側・湾・の中・にある・岬(尾根)」だったのでは無いでしょうか。

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