2026年10月3日土曜日

‹  前の投稿

北海道のアイヌ語地名 (1443) 「オバウス沢川・姨失山・ケイナイ沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

オバウス沢川

o-pa-us-nay?
河口・川下・つけている・川
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
厚真町字宇隆の東で「ウクル川」に合流する支流です。川の北には「姨失」四等三角点があり(標高 157.7 m)、川の南東には「姨失山」一等三角点がありますが(標高 252.0 m)、現在はどちらも「成果不良点」のため「点の記」を確認することができません。

『北海道実測切図』(1895 頃) には「オパウシナイ」という名前の川が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「安都摩日誌」には次のように記されていました。

 また少し上り
      ヲハユシナイ
 左りの方小川。本名はヲハウシチエホツナイと云よし。是魚を取り腸を切、此処の小屋に干置し処、煤にて黒く成りしと云儀なるとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.467 より引用)
『地名アイヌ語小辞典』(1956) には「消炭」を意味する pas という語が立項されていますが、この「消炭」というのは「燃えかす」なのだそうです。魚なのか、それとも魚の腸なのかは不明ですが、小屋(の中)に干していたところ煤で黒くなった……というのは pas からの連想なのでしょうね。いかにも「取ってつけた感」のする地名解です。

素直に解釈すると o-pa-us-nay で「河口・川下・つけている・川」となりますが、「オバウス沢川」の下流部は比較的開けた地形で、川は谷の北西端(ウクル川の川下側)を通っています。このことを指して「河口が川下にある川」と呼んだのではないでしょうか。

姨失山(うばうし──)

o-pa-us-nay?
河口・川下・つけている・川
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「オバウス沢川」の南東、「石油沢川」の北西に聳える山にはいくつかの山頂があり、そのうちのひとつが「姨失(うばうし)山」と呼ばれ、同名の一等三角点が存在します(標高 252.0 m)。

「姨失山」の周辺には他にも三つの山頂があり、400 m ほど東にある山頂のほうが標高が高そうなのですが、なぜ現在の地点に三角点が存在するのかは不明です。

この山名は「オパウシナイ」(=オバウス沢川)に由来するもので、o-pa-us-nay で「河口・川下・つけている・川」だと考えられます。「姨失山」は「うばうし──」と読ませますが、もしかしたら元は「おばうしない──」だった可能性もあるかもしれませんね。

ケイナイ沢川

kene(-us)-i??
ハンノキ・多くある・もの(川)
(?? = 旧地図等で未確認、既存説に疑問あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「姨失(うばうし)山」の南東、道道 59 号「平取厚真線」の「あづほ隧道」の 2.5 km ほど手前で「ウクル川」に合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) にはそれらしい川が描かれているものの、残念ながら川名が描かれていません。

「ケイナイ」=「ケ子イ」?

普通に考えればお手上げなのですが、戊午日誌 (1859-1863) 「安都摩日誌」には「ウクル」の支流として「ケ子イ」という川が記されていました。

 先少し上りて右の方
      ケ子イ
 本名ケ子ウシのよし。此処平地にて赤楊多きよりして号しとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.466-467 より引用)
「ケ子イ」が「ケイナイ」に化けたと考えられるかもしれません。「ケ子イ」もやや謎ですが kene-o-i で「ハンノキ・多くある・もの(川)」とかでしょうか。

もっとも、この考え方にも問題は山積みで、なぜ kene-us-i で「ハンノキ・多くある・もの(川)」 ではなく kene-o-i なのか……という点にまず大きな疑問があります。

そもそも kene-o-i という想定が筋違いで、kene-us-i の -us が省略されたと見るべきなのでしょうか。地名で -us が抜け落ちるのは良くあることとは言え、kene-us-i の -us が落ちるというのは記憶にないですが……。

実は位置もおかしい

さらに致命的な問題として、松浦武四郎は「ケ子イ」を「ウクル」の「先少し上りて右(・)の方」にあると記しています。この川は「ウクル川」の南(・)支流で、しかも「オバウシ沢川」よりも手前(=西)にあったことになります。

ところが現在の「ケイナイ沢川」は「ウクル川」の北(・)支流で、「オバウシ沢川」よりも上流側(=東)に存在します。普通に考えれば同一とは思えないのですが、「ケ子イ」と「ケイネイ」があまりに似ているので、川名が誤って移転した、あるいは松浦武四郎の記録に誤りがあった可能性も考えてみたくなります。

‹ 前の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事