2026年10月12日月曜日

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「日本奥地紀行」を読む (195) 函館(函館市)~蓴菜沼(亀田郡七飯町) (1878/8/17(土))

 

イザベラ・バードの『日本奥地紀行』(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日は引き続き普及版の「第三十五信」(初版では「第四十信」)を見ていきます。
この記事内の見出しは高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。この対照表は、高梨謙吉訳『日本奥地紀行』(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳『バード 日本紀行』(雄松堂出版)の内容を元に作成されたものです。

日本人の親切

イザベラは、七重から蓴菜沼に向かう峠道を北に向かっていました(現在の国道 5 号は「大沼トンネル」で小沼の西に出ますが、当時は「大沼トンネル」は未開通だったため)。

 道中の大半は、ひどく嫌な道路であった。道路の両側は深く波形に凸凹で、真ん中は土を盛り上げたもので、さらに小馬で何百という籠に土を入れて持って来て高さを増してある。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.350 より引用)
「ひどく嫌な道路」というのは、原文では "most displeasing road" とある部分でしょうか。どうやらあまり状態の良くない道路だったようですね。イザベラはいずれこの道を通ることになるであろう馬車や荷馬車の心配をしながらも……

現状では、橋がたくさん壊れているから、この道路を通れるのは駄馬だけである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.350 より引用)
馬は足が長いので、荷車がなければ多少の川なら越えられる……ということですね。

私は奥地へ酒を運んで行く馬の列を追い越した。北海道の人々はやたらと酒を飲み、貧しいアイヌ人も無茶苦茶に飲む。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.350 より引用)
「やたらと酒を飲む」「無茶苦茶に飲む」というのは……ちょっと気になりますね。

イザベラは、ここでちょっとしたミスをしてしまいます。馬から下りた際に馬の「鞍」が上下逆転してしまい、イザベラは鞍をもとに戻すことができなかったため、已む無く馬を引いて歩く羽目になってしまいます。

しばらくの間馬をひいて行くと、鹿皮を積んだ駄馬の列を連れて来る二人の日本人に会った。彼らは鞍を元通りに上げてくれたばかりでなく、私がまた馬に乗るとき鐙をおさえてくれ、そして私が立ち去るとき丁寧におじぎをした。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.350 より引用)
「鐙(あぶみ)」は乗馬の際に足を乗せる馬具とのこと。今風にいえばステップ兼フットレストと言ったところでしょうか。イザベラは通りすがりの二人組にピンチを救われたことになるのですが、当然のことながら、その心証はすこぶる良いものだったようです。

このように礼儀正しく心のやさしい人々に対し、誰でもきっと好感をもつにちがいない。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.350 より引用)
俗な表現で言えば「たすけあい」の精神ですが、気候や住環境が「ゆるくない」(楽ではない)場所では、より「たすけあい」の精神が具現化されることが多いような印象があります。お礼を述べたら「なんもなんも~」と笑って返してくれそうな感じ……?

森《噴火湾》にて

普及版の「第三十五信」は複数のロケーションで書かれたものの集合体となっています。ここからは「森《噴火湾》にて 月曜日」とあるので、1878/8/19(月) に森(森町)で記された内容……ということになりますね。日曜日はお休みだったということでしょうか。

 蓴菜沼(ジンサイノマ)でも、夕方暗くなると天国ではなくなる。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.351 より引用)
原文では「蓴菜沼(じゅんさいぬま)」は "Ginsainoma" とありました。それはそうと「天国ではなくなる」とは穏やかでは無いのですが……

あまり蚊が多いので、蚊に追い立てられるように早くベッドについた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.351 より引用)
……あ。これは確かに悪夢ですね。「地獄」という表現でもいいかもしれません。

この旅行で伊藤はたいそう上機嫌であった。私と同じように彼もまた北海道の自由な空気が好きなのである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.351 より引用)
あ~。これは共感しか無いですね。ひたすら広くて開放感に溢れていて、しかも本州以南と比べると冷涼で空気もカラっとしているというのは、それだけでご機嫌になれるというものです。イザベラは「彼はまたずっと礼儀正しく愛想よくなっている」とも記していますが、伊藤にとっては「久しぶりの北海道」だったと考えられるので、然もありなん……ですね。

ただ伊藤がご機嫌だった理由は「久しぶりの北海道」だけでは無かったようで……

そして政庁の証文をたいそう誇りにして、それを手に持ちながら大いばりで旅館や駅亭に入って行く。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.351 より引用)
伊藤……。あんたって人は……。

イザベラは函館から蓴菜沼に向かう際に、伊藤も後に残して一人だけ「抜け駆け」して自分で宿の手配をしたことを(おそらく)ドヤ顔で語っていましたが、一方で……

私は彼が手筈を整えてくれたときが一番うまくゆくのである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.351 より引用)
ツンデレですか……?(汗)

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