2026年10月30日金曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1454) 「早来・ニタッポロ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

早来(はやきた)

hay-o-kitay?
カジキの上顎・ある・頭のてっぺん
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
安平町の中心地の一つで、JR 室蘭本線に「早来駅」があり、安平町役場が近くにあります。1954 年から 1957 年までは「早来村」、1957 年から 2006 年までは「早来町」でした。

「夏の路」説

駅名なので、まずは『北海道駅名の起源』(1973) を見ておきましょうか。

  早 来(はやきた)
所在地 (胆振国)勇払郡早来町
開 駅 明治27年 8 月 1 日(北海道炭砿鉄道)
起 源 アイヌ語の「ハイ・キ・ト」(イラクサやカヤのある沼)から出たといわれるがうなずけない。
(『北海道駅名の起源(昭和48年版)』日本国有鉄道北海道総局 p.74 より引用)
これは……確かにちょっと無理がありますね。普通の語順であれば「キ」は動詞だと思われるのですが、それらしい語が思いつかないというのが正直なところです。

この付近に「チ・ペシ・ナイ」という川があり、われわれはそれに沿って下る沢の意でこの川をつたって厚真へ通う道だったので、おそらく夏に越える沢道の意味の「サㇰ・ルペシペ」といったのを、その上の方をとって早来(さっくる)の字をあてたが、読みずらいところから「はやきた」というようになったのではないかといわれている。
(『北海道駅名の起源(昭和48年版)』日本国有鉄道北海道総局 p.74 より引用)
この句点(。)の無い文章、更科さんテイストですよね……。それはさておき、『北海道実測切図』(1895 頃) には「コロイ山」の北に「チペシナイ」という川が描かれていました。


この川は早来と厚真(町役場のあるあたり)を結ぶ最短ルートにありますが、現在の道道 10 号「千歳鵡川線」は北隣のニタッポロ川支流沿いを通っています。なぜ道道 10 号がこの川沿いを通らなかったのだろう……と思ったのですが、陸軍図を見ると「早来軌道」がこの川沿いを通っていたので、踏切を避けたというのが真相かもしれません。

chi-pes-nay は「我ら・それに沿って下る・川」を意味するので、かつては厚真への交通路として使用されたことを窺わせます。sak-ru-pes-pe は「夏・路・それに沿って下る・もの(川)」で、なぜ季節限定なのかは謎ですが、むしろ冬場に限ってはより良いルートが存在したということかもしれません(たとえば湿地帯が凍結すれば、その上を歩くことができるので)。

山田秀三さんの『北海道の地名』(1994) には次のように記されていました。

 行政区画便覧や北海道駅名の起源に,サク・ルベシベ(夏越える沢道)の上部を採って早来(さっくる)の字を当てたのが始まりだと書かれている。
(山田秀三『北海道の地名』草風館 p.377 より引用)
「駅名の起源」の説は「チペシナイ」の存在から類推したもので、実際に「サク・ルベシベ」が存在したという記録があったという訳では無いという認識なのですが、「行政区画便覧」にはどのように記されていたのでしょうか? 「全国市町村便覧 昭和23年版」を見た限りではそれらしい記述を見つけることができませんでした。

「早く鉄道が来たから」説

『北海道実測切図』には「北海道炭礦鉄道」の線路も描かれていて、漢字で「早來」と描かれています。北海道炭礦鉄道「室蘭線」の開通は 1894 年で、「早来駅」は開通と同時に設置されています。

この「早来」という地名の由来について、『早来町史』には次のような説も記されていました。

 また一説には、明治二十三年(一八九〇)炭礦鉄道室蘭線建設工事着工の際、一は岩見沢より着手し、一は輪西より着手した。当時、千種技師は室蘭に在って工事を監督し、横井技師は岩見沢に在って工事を監督したが、両方よりの工事も漸く進捗し、両線の接合も間近くなったある日、千種技師は苫小牧に泊り、横井技師は追分に泊って、各翌朝早々前程を調査すべく出発、現在の早来の地において図らずも両者会見し、一時は狂喜し或は驚き、感激を久しくして、互いにその進捗の早かりしを喜び合い、この地を「早来」と命名したのだという。
(早来町史編集委員会『早来町史』早来町 p.280-281 より引用)
室蘭と岩見沢の中間地点は、距離的には苫小牧あたりになろうかと思われますが、早来以北のほうが内陸部ということもありトンネルの掘削も必要となった筈なので、やや進捗が遅れたとしても不思議はありません。流石にこれは巷説に過ぎないと考えたいところですが……(ただ確実に否定もできないというのが正直なところ)。

「山頂にカジキの上顎」説

前述の通り、「早来」を「ハイ・キ・ト」だとする説は無理があると思われるのですが、hay-o-kitay で「カジキの上顎・ある・頭のてっぺん」と考えられないでしょうか。

早来の南に聳える「コロイ山」は山頂から北に向かって細い峰が二つ伸びていますが、これ(特に長いほう)を「カジキの上顎」に見立てたのではないか……という想像です。平取の「ハヨピラ」と似た地名だったんじゃないかな……と。

前述の千種技師と横井技師が早来で偶然?落ち合ったときに、たまたま近くに「ハヨキタィ」という山があることを知り「よっしゃ、ここの駅名は『早来』だ!」とノリノリで命名した……とかだったら面白いんですけどね。

ニタッポロ川

{nitat-poro}
{大きな湿地}
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
早来駅の北で安平川に合流する東支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「ニタッポロ川(・)」と描かれています(珍しく「川」つき)。


『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ニイタホロ」と描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「新道日誌」には次のように記されていました。

  同じく平山計のよし。
       チヘシナイ
       フムンケイ
       ニイタホロ
  等何れも右の方に当るよし也。此辺皆平山。チトセよりアツマえこへる時皆是を通るとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.442 より引用)
永田地名解 (1891) にも次のように記されていました。

Nitat poro   ニタッ ポロ   大吥坭
(永田方正『北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.215 より引用)
nitat-poro で「湿地・大きい」と見て良さそうでしょうか。poro-nitat で無いのは -nay か -pet あたりが後ろについていたからかなぁ……などと想像してみましたが、poro-nitat-nay でも良さそうな気も……?

nitat-poro という語順にちょっと引っかかるものを感じたので再検討してみたのですが、{nitay-po}-oro で「{小さな林}・のところ」とも解釈できてしまいますね。

「実測切図」には安平川沿いが湿地であるように描かれていて、むしろ「ニタッポロ川」沿いのほうが湿地が少ないようにも見えます。nitat-poro よりも {nitay-po}-oro のほうが諸々の記録と整合性が取れそうな気もしてきたのですが、改めて地形図を見てみると、ニタッポロ川は「支流にしては」比較的広い平地を流れています。

地味に気になった語順の問題も、よく考えると nitay-po がアリなのであれば nitat-poro があっても不思議ではありません。やはり {nitat-poro} で「{大きな湿地}」と見るのが正解かもしれません。

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