2018年1月13日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (499) 「久保内・幸内・レルコマベツ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

久保内(くぼない)

ku-o-nay
仕掛け弓・そこにある・川


壮瞥町の中央部にある集落の名前です。かつてこのあたりを国鉄胆振線が通っていて、久保内にも駅がありました。ということで、まずは「北海道駅名の起源」を見てみましょう。

  久保内 (くぼない)
所在地 (胆振国) 有珠郡壮瞥町
開 駅 昭和 15 年 12 月 15 日(胆振縦貫鉄道)
起 源 アイヌ語の「ク・オ・ナイ」(仕掛け弓のある沢)から出たものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.78 より引用)

ズバっと来ましたね。ku-o-nay で「仕掛け弓・そこにある・川」と考えて良さそうです。

ところが、「東西蝦夷山川地理取調図」を見てみると、妙なことに気付かされます。確かに「クヲナイ」という川が描かれているのですが、「レリコマナイ」(=レルコマベツ川)や「ヘンケナイ」(=弁景川)よりも上流側の支流(北支流)として描かれているのですね。「クヲナイ」は現在の「上久保内」のあたりを流れる川として認識されていたことになります。

地理院地図を見た限り、「上久保内」のあたりには、明確に「川」として描かれている川の存在は確認できません。ただ、北支流ではなく南支流として「幸内川」という川が流れています。この「幸内」、なんと「さつない」ではなく「こうない」と読むのだそうです。

……続きます(ぉ

幸内(こうない)

ku-o-nay
仕掛け弓・そこにある・川


幸内は、壮瞥町のやや東寄りに位置する集落の名前で、同名の川(長流川の南支流)も流れています。最初は sat-nay で「乾いた・川」かと思ったのですが、そもそも読みからして違いました。

地名の由来ですが、あの「北海道地名誌」には次のように記されていました。

 幸内(こうない) 上久保内の川向い,幸内川流域の畑作,酪農地。語源は久保内と同じ。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.533 より引用)

「幸内」は「久保内」と同じく ku-o-nay で「仕掛け弓・そこにある・川」である、と考えて良さそうです。

何故同じ地名が並んだのか……という話ですが、「東西蝦夷山川地理取調図」の「クヲナイ」は現在の「幸内川」のことを記していたと考えられそうです(南北を間違えていますが)。久保内の集落のど真ん中にも川が流れていますが、諸々の記述を見た限りでは、この川は「ケナシノシケヲマナイ」だったと考えられます(kenas-noske-oma-nay で「木原・真ん中・そこにある・川」と読み解けそうです)。

なぜ、ちょっと離れたところを流れていた「クヲナイ」が集落の名前として借用されたのかは……何故でしょうね。会所レベルの集落であれば、名前ごと移転する例はちょくちょくある(浦河とか増毛とか紋別とか……)のですが、「クヲナイ」がそこまでのネームバリューの有る集落だったとも思えないので、ちょっと謎ではあります。

ちなみに、アイヌの「集落の移転」自体は割と良くある話だったと言います。疾病の流行などがあると、コタン(集落)を捨てて集団移転する……ということが多かったようです。もしかしたら、クヲナイでも似たようなことがあったのかもしれませんね。

レルコマベツ川

rer-ke-oma-pet
山向う・の所・そこにある・川


久保内の集落の東側(上流側)で長流川に合流する北支流の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」や丁巳日誌「於沙流辺津日誌」には「レリコマナイ」という名前で記されています。このあたりは naypet の両方が混在していたようですね。1980 年ごろの土地利用図を見ると、上流部に「駒別」という集落があったことがわかります。

永田地名解には次のように記されています。

Rerekoma pet  レレコマ ペッ  信宿川 水路險惡ナルヲ以テ三日モ宿止スルコトアリ故ニ「三日宿」ノ名アリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.187 より引用)

ふむ……。確かに rerko には「三日間」という意味があるみたいですが、この地名解について、山田秀三さんは次のように記していました。

そんな意味の地名は他に見たことがない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.407 より引用)

確かに(笑)。

私にはレルコマペッ「←rerke-oma-pet (川の)向こう側に・ある(入っている)・川」と聞こえる(母音が二つ続くと,地名ではよくその一つを落として呼ぶ。ここでは e が省かれた形)。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.407 より引用)

ふーむ、確かに rer-ke で「山向うの所」あるいは「山陰の所」という意味になりますね。rer-ke-oma-pet であれば「山向う・の所・そこにある・川」と読み解けそうです。

つまりパンケ川の方の人たちが呼んだ名だったのではなかろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.407 より引用)

あー、見事な解釈ですね。「レルコマベツ川」は長流川のあたりから見ても「山の向こう側」を流れる川なので、川の特色の描写としても非常に適切であるように思えます。

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