2018年1月20日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (501) 「有珠」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

有珠(うす)

us-oro?
湾・その中
upsor?


言わずと知れた日本を代表する活火山の名前にして、伊達市西部の地名でもあります。JR 室蘭本線にも同名の駅があります。ということでいつもの通り、「北海道駅名の起源」を見てみましょうか。

  有 珠(うす)
所在地 伊達市
開 駅 昭和 3 年 9 月 10 日
起 源 アイヌ語の「ウシ」(湾)から出たものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.66 より引用)

えっ……! そうだったの? 日本を代表する活火山の名前が、単なる「湾」だったというのはかなり衝撃なのですが……。

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のように記されています。

有珠 うす
 伊達市西端の地名,湾名,郡名。上原熊次郎地名考では「ウス。夷語ウショロなり。則入江と云ふ事」と書かれた。つまり両様にいわれたのだろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.409 より引用)

ふむふむ……。確かに上原熊次郎の「蝦夷地名考并里程記」を読み返してみたところ、次のように記されていました。

  夷語ウシヨロなり。則、入江と云ふ事。此所入湾にて能沼(澗)の在る故此名ありと云ふ。
(上原熊次郎「蝦夷地名考并里程記」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.49 より引用)

ちなみに「有珠山」は

確かに有珠駅の西には「有珠湾」という湾があるのですが、これは確かに良港と言える形をしています。なるほど、「有珠」と言えば「有珠山」という印象がどうしても強いのですが、有珠山は「有珠の近くの山」でしか無かったのですね。

アイヌは、川にはとても細かく名前をつけていましたが、山の名前については割と無頓着でした。さすがに有珠山クラスの山に名前が無かったとは考えづらいのですが、永田地名解には、有珠山の名前として次のように記してありました。

Ye kere use guru  イェ ケレ ウセ グル  輕石ヲ削リ出ス神(有珠ノ噴火山ノ名ナリ)
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.190 より引用)

なるほど、ye-kere-use-kur で「膿・削る・普通の・人」となるんですね。山田さんは ye のことを「膿」であるとしながら、「火山を地面のおできと考えたのか,熔岩や軽石のこともそれでいった」としています。なるほど、確かにありそうな話ですね。

また、有珠山の周辺に暮らすアイヌであれば、何も有珠山に固有の名前が無くても、「山」あるいは「火山」という符丁だけで十分意思疎通ができたとも考えられます。有珠山を表す語彙が ye-kere-use-kur という、いかにも説話的なものしか出てこなかったのもむしろ当然と言えるのかもしれません。

永田さん大いに語る

さて、肝心の本題が実は全然進んでいませんでした。「駅名の起源」によると「ウス」で「湾」という意味だとありますし、一方で上原熊次郎地名解では「ウシヨロなり」とあります。この違いをどう考えるか……という話ですが、永田地名解にかなり気合の入った記述がありました。

ūshoro,=Ush ioro  ウーシュ オロ  灣内 此地ノ「アイヌ」ハ「ウシユイオロ」ニシテ凹ミノ義ナリ「オシュイオロ」ニアラズト云フト雖トモ「ウシュ」「オシュ」孰レモ肛門ノ意ナリ「アイヌ」ハ概ネ人體ノ名ヲ以テ地名トナス者多シ松浦氏ハ懐ノ意ナリト云ヘトモ懐ハ「ウプシヨロ」ニテ別ナリトハ互ニ相通ノ音ナリ故ニ日高、膽振二國ノ「アイヌ」ハ八目鰻ヲ「ウクリベ」ト云ヒ石狩國ノ「アイヌ」ハ「オクリベ」ト云フ等ノ如シ古宇郡ニモ「オシヨロ」アリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.186 より引用)

ゼェハァ……。長かったですね(汗)。

妙に長かったのですが、言わんとすることが今ひとつ良くわかりませんね。えーと、確かに osor で「尻」という語彙があります。そして osor-kot で「尻・くぼみ」という地名もありますね。

ちなみに知里さんの「──人間編」によると、「肛門」を意味する語彙として si-puy というものがあるそうですが、osor-puy で(「尻・穴」)という語彙もあるのだそうです。ですので永田地名解の「いずれも肛門の意なり」というのを一概に誤りであるとは言えないですね。

また、「松浦氏」(松浦武四郎)は「懐」という意味だと言ったけれどもそれは「ウプシヨロ」だから違うよ……とありますが、なるほど、確かに「東蝦夷日誌」の「宇須〔臼、有珠〕」の項に次のように記してありました。

灣口恰も嚢の括の如く臆(ウシヨロ)〔懐〕(フトコロ)の如くして船懸り宜し。本名ウシヨロと云るを詰て今ウス〔臼、有珠〕と云て場所の惣名となれり。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.63 より引用)

この引用の仕方だと良くわかりませんが、要するに永田方正は「懐」は「ウシヨロ」じゃなくて upsor だよ、とツッコんでいるのですね。

伝説のガチンコバトル

永田地名解が最後に「古宇郡にも『オシヨロ』あり」としているのは、小樽市西部の「忍路」のことですね。この「忍路」も us-oro 説と upsor 説で意見の別れる地名で、上原熊次郎と永田方正が us-oro で「湾・その中」説を取ったのに対し、松浦武四郎と知里真志保が upsor で「」説を取ったという、全開ガチバトルの様相を呈していたのでした。そう言えば忍路湾も天然の良港と言えそうな形をしていますよね。

結局のところ、「有珠」も「忍路」と同様に、突き詰めるとガチンコバトル状態になりそうな気がしてきました。現実の地形を見ても us-oro で「湾・その中」と考えることもできますし、また upsor で「」(知里さん的には upsor は「膣」という解釈になりそうですが)と考えることもできます。

ということで、両者痛み分けの両論併記とするしか無いかなぁ……というのが本日の結論です。

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