2019年4月6日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (620) 「須麻馬内川・ラウネ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

須麻馬内川(すまうまない──)

suma-oma-nay
石・そこにある・川


深川市と滝川市の境を流れる川の名前です。「深川市の川」として紹介しても良かったのですが、道庁の「アイヌ語地名リスト」には所在地を「滝川市」と書いてあったもので……。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「シエマヲナイ」という名前の川が描かれていました。「再篙石狩日誌」では「シユマヲナイ」、また「登加知留宇知之日誌」には「シユマウシナイ」と記されています。現在の川名が「すまうまない」なのに、「すまうしない」と記録されているケースがあるというのも(偶然とは言え)面白いですね。馬だったり牛だったり。

永田地名解には次のように記されていました。

Shuma-o-nai  シュマ オナイ  石川 川上ハ「イチヤンヌプリ」ヨリ來ル山下ニ大石多シ故ニ名ク○字須磨馬内須磨橋トアルハ非ナリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.67 より引用)

永田氏が何を「非なり」としたのか、ちょっとよくわかりませんが、suma-o-nay で「石・多くある・川」ではないか、とのことですね。

今回は「滝川市の川」として記事にしていますが、山田秀三さんの「深川のアイヌ語地名を尋ねて」にもしっかりと記載がありました。山田さんらしいマニアックな内容が盛りだくさんですので、適宜引用しながら見てみましょう。

須麻馬内川(すままない──)
(山田秀三「アイヌ語地名の研究 4」草風館 p.167 より引用)

いきなり川の読み方からして違っていました。こういう例には偶に遭遇するのですが、お役所で定めた「公式の読み方」が何かの拍子でコロっと変わることがあるようなのです。

山田さんは「十勝日誌」と「登加知留宇知之日誌」「永田地名解」の解をそれぞれ引用して、永田地名解については次のように考察を加えていました。

 永田氏のシュマオナイはシュマ・オ・ナイ「石が・多くある・川」の意。行って見たが、国道の辺から下にかけては石川といった姿ではない。永田氏の書いたように上流に石が多かったのだろう。『深川のむかし』に池田輝海氏筆で、黒曜石が多かったと書かれている。或はそういった特別な石の多い川の意だったのかも知れない。
(山田秀三「アイヌ語地名の研究 4」草風館 p.168 より引用)

黒耀石は天然のガラスのような石で、割るだけですぐに刃物として使える便利な石でした。アイヌ語で「黒耀石」を意味する語彙として anchi というものがありますが、そういった「便利な石」を含めて suma と呼んだ、という可能性も確かに考えられそうです。

そして、永田方正が何を「非なり」としたのだろう……と疑問だったのですが、山田さんの見立てでは次のようなことではないか、とのことでした。

 アイヌ地名は補助語が少しぐらい違って呼ばれても通用していた場合が多い。この川の場合、「永田地名解」ではシュマオナイで須磨馬内は非なり、と書かれてはいるが、まちがえて「馬」が入ったとは考えられない。きっとオマ(ある)で呼ばれた別称があったのだろうと考えていた。
(山田秀三「アイヌ語地名の研究 4」草風館 p.168 より引用)

あー、なるほど。「シュマ オナイ」なので「須磨馬内」は間違いだ、と言いたかったのですね。時折「唯我独尊」的な態度を覗かせるのも永田地名解の特徴ですが、山田さんはその鼻を明かそうとした、ということでしょうか。

それで調べて見ると、果していろいろな形での記録が残っていたのだった。
〔再こう石狩日誌〕          シユマヲナイ
〔永田地名解〕明治三十年五万分図等  シユマオナイ
〔十勝日誌〕             シユマウナイ
〔登加知留宇知之日誌〕        シユマウシナイ
 同  附図             シユマヲマナイ
 空知川忠別新道路線図        スマヲマナイ
(山田秀三「アイヌ語地名の研究 4」草風館 p.168-169 より引用)

最後の 2 つが suma-oma-nay だったと読めますね。unus が入れ替わったり、あるいは ooma に入れ替わったりするケース(逆もまた然り)はちょくちょくありますが、ここもそういった例の一つだったということでしょう。

「須磨馬内川」は、現在は「すまうまない──」と読ませるのが公式のようですので、suma-oma-nay で「石・そこにある・川」に由来する……とまとめておきましょう。

ラウネ川

rawne-nay
深く掘れた・川


石狩川は i-shikar-i で「自ら・回す・もの」という説があるくらいで、とにかく派手に蛇行する川でした。蛇行はいつしか自ずとショートカットされた流路が形成され、旧河道が「三日月湖」として残されるのが常ですが、近年は人為的に河川改修が行われ、その産物として三日月湖が残される場合が大半となりました。

ラウネ川は、滝川の市街地の北東部にある「陸上自衛隊滝川演習場」のあたりから西に流れ、石狩川に注いでいました。ところがこの区間の石狩川が河川改修で本流から外れてしまい、割と大きめの三日月湖が形成されました。この三日月湖ですが、法的には「ラウネ川」の一部とされているようです。

永田地名解には次のように記されていました。

Raune nai  ラウネ ナイ  深川 今ハ川幅僅ニ二間許ニシテ水淺シ然レトモ川ノ兩傍ニ高岸アリ相距ル凡十間許ナリ故ニ名ク ○第十號橋
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.67 より引用)

アイヌ語地名の頻出語彙で、「深い」と和訳されるものは大きく二つあり、それぞれの意味するところは違う……という話を毎度のように記しているような気がします。具体的には oohorawne で、ooho は「水かさが深い」のに対して rawne は「底が深い」を意味します。

ですので、この「ラウネ川」は、水かさはそれほどでも無いけれど深く掘れた川である……というのですが、確かに自衛隊の演習場の中では多少掘れたところを流れているようにも見えます。rawne-nay で「深く掘れた・川」と読み解くべきなのでしょうね。

ちなみに、この rawne-nay も「深川」と記されていますが、深川市の「深川」は、深川市とお隣の妹背牛町を流れる ooho-nay に由来する……とされています。二つの「深い」が割と近くで共存しているので、あわせて覚えておくと良いかもしれません(お、なんか「傾向と対策」っぽいこと言ってる!)

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