2019年4月13日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (622) 「ホロウツナイ川・ビバイイクシュンベツ川・川内川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ホロウツナイ川

poro-ut-nay?
大きな・あばら・川


産化美唄川の支流で、美唄市の北部、茶志内駅から見て北西のあたりを流れる川の名前です。

音だけを見ると poro-ut-nay で「大きな・あばら・川」と解釈できそうです。実際に昔の地形図を見てみると、「イパピケンサ」こと「サンケピパイ」に対してほぼ直角に近い形で合流しているように記されていて、なるほどこれは「あばら川」っぽいな……と思ったのですが……

「東西蝦夷山川地理取調図」を眺めていて、ちょっとしたことに気が付きました。東西蝦夷山川地理取調図には「ヒハイ」(=美唄川)の支流として「ホンカウシナイ」と「ホロカウシナイ」という川が描かれています。「ホロカウシナイ」には左支流があり、またホロカウシナイの上流部にも左支流が描かれています。

これらの特徴は「ポンピパイ」(=奔美唄川)と奇麗に一致するので、もしかしたら「ホロカウシナイ」が「ポンピパイ」になったのかな、と思わせます。そして、「ホロカウシナイ」という名前は「東西蝦夷山川地理取調図」には名前が記されていなかった無名の北支流(=ホロウツナイ川)の名前になった……とも考えられそうな気がします。

「ホロカウシナイ」であれば、poro-ka-us-nay で「大きな・罠・ある・川」と解釈できます。ということで、「ホロウツナイ」は「ホロカウシナイ」の誤記ではないか……と考えてみたのですが、やっぱり違うような気がしてきました(ぉぃ)。素直に poro-ut-nay で「大きな・あばら・川」と考えるしかなさそうな感じです。

「東西蝦夷──」に記された川の形はほぼ正しかったが、名前を取り違えていた、と考えられそうな気がします。

ビバイイクシュンベツ川

{pipa-o-i}-i-kus-un-pet?
{美唄}・それ・向こう岸・そこにある・川


美唄市の南部、光珠内駅の北西あたりを流れる川の名前です。「ビバイ」は「美唄」で「イクシュンベツ」は「幾春別」のような気もするのですが、なぜか全てカタカナで表記されています。もっとも幾春別(三笠市)は山の向こう側なので、なぜこの川の名前が「イクシュンベツ」なのかは若干謎です。

明治の頃の地形図を見ると、当時この川は「光珠内川」と呼ばれていたように見受けられます。どうやら「東西蝦夷山川地理取調図」にある「ホロカウシナイ」がこの川のことだった可能性がありそうですが、いつの間にか「ビバイイクシュンベツ川」という名前に変わってしまったようです。

「ビバイイクシュンベツ川」という名前がいつ頃出てきたのかは不明ですが、「イクシュンベツ」が幾春別ではなく i-kus-un-pet なのであれば、{pipa-o-i}-i-kus-un-pet で「{美唄}・それ・向こう岸・そこにある・川」と解釈できそうな気がします。

本来はこの川の名前も i-kus-un-pet で、有名な三笠市の幾春別との混同を避けるために「美唄」の名前を持ってきた、とも考えられそうですし、あるいは美唄の市街地から見ても「美唄川の向こう岸」にある川だったため、もともと正式にはそう呼んでいた、という可能性もありそうですね。

もっとも、現在の川名にしか典拠が無いアイヌ語地名……というのも変な感じがするのですが。

川内川(かわうち──?)

ka-us-nay
罠・ある・川


峰延駅の北を流れる川の名前で、旧美唄川の南支流です。

「北海道駅名の起源」では、お隣の「光珠内駅」の項に次のように記されていました。

  光 珠 内(こうしゅない)
所在地 美唄市
開 駅 昭和 27 年 4 月 10 日 (客)
起 源 アイヌ語の「カー・ウシュ・ナイ」(鹿などを捕るわなをかける沢)の意で、現在「峰延」付近にある川に名づけられた地名である。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.44 より引用)

明治の頃の地形図では、現在の「川内川」のところに「イナシュウーカ」と記されています。つまり、「カーウシュナイ」の「カーウシュ」が「かわうち」になった……と考えられそうです。ka-us-nay は「罠・ある・川」と解釈できます。

「東西蝦夷山川地理取調図」には、美唄川の「北支流」として「ホンカウシナイ」と「ホロカウシナイ」という川が描かれていました。美唄川筋の情報はインフォーマントからの聞き書きだったようで、おそらくは東西南北を取り違えた、ということのように思われます。そして、「川内川」こと「カーウシュナイ」は、「東西蝦夷──」にある「ホンカウシナイ」のことだったと考えると、ほぼ全ての矛盾が解決するような気がします。

現在の「ビバイイクシュンベツ川」が「ホロカウシナイ」と呼ばれ、現在の「川内川」が「ホンカウシナイ」と呼ばれていた……と考えられそうです。そして「ホロカウシナイ」(poro-ka-us-nay)は「光珠内川」と呼ばれ、「ホンカウシナイ」(pon-ka-us-nay)が「カーウシュナイ」と呼ばれた時期があったことが、地形図からは見て取れるかと思われます。

ですので、地名としての「光珠内」は、峰延駅近くの「カーウシュナイ」ではなく、「ホロカウシナイ」から改名された「光珠内川」に由来する……と考えるのが、より正確な認識かと思われます。

不思議なのは、「光珠内川」という名前が早々に失われ、「ビバイイクシュンベツ川」に変化したというところです。もともと複数の呼び名があったのかもしれませんね。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

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