2019年5月11日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (628) 「葉散別川・雨煙別・時登川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。なお、栗山町のところに「空知郡」とあるのは地理院地図の間違いです。

葉散別川(はさんべつ──)

hacham-pet
サクラドリ・川


夕張川の東支流で、栗山町北部を流れています。かなり小さな川ですが、「東西蝦夷山川地理取調図」には「ハチヤシヘ」という名前の川が描かれており、また丁巳日誌の「由宇発利日誌」にも次のように記されていました。

また少し過て
     アチヤンベ
左りの方小川有。此処にも昔し人家有しと、今はなし。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.183 より引用)

また、永田地名解にも記載がありました。

Hacham pet  ハチャㇺ ペッ  櫻鳥川 千歳土人ハ「ハチヤム」ヲ「ヌコヤ」ト云フ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.70 より引用)

ということで、hacham-pet で「サクラドリ・川」ではないか、としています。「発寒」や「厚沢部」と同系の地名ではないか、と考えたようですね。

ただ、これには批判的な意見もあるようで、たとえば更科源蔵さんは「北海道地名誌」で次のように記していました。

「ハチャムペッ」は琴似の発寒と同じ語源であるが,ハチャムを桜鳥と訳すことが正しいかどうか疑問である。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.263 より引用)

実際に、知里さんの「動物編」でも、「ムクドリ」あるいは「サクラドリ」を意味する語彙としては sikérpe-e-cir あるいは sikerpecir とだけ記されています。ただ、

原注.──地名語彙として hačam がよく出てくる。永田氏によればそれは,サクラドリだという。
(知里真志保「知里真志保著作集 別巻 I『分類アイヌ語辞典 動物編』」平凡社 p.182 より引用)

との註も付されていました(詳しくは「厚沢部」の回をどうぞ)。随分と回りくどく書いてしまいましたが、要は「永田地名解には hacham が『サクラドリ』とあるが、その解釈が正確であるかどうかは確認できていない」ということです。

ここまで見た限りでは、hacham の意味するものが若干不明ではあるものの、hacham-pet であるとの解釈でまとまっていました。ただ明治時代の地形図には「クチヤンペツ」と記されていることに若干の注意が必要かもしれません。「クチヤンペツ」であれば kucha-un-pet で「常設の山小屋・ある・川」と解釈できます。

雨煙別(うえんべつ)

wen-pet
悪い・川


栗山町北東部の地名で、同名の川も流れています。「雨煙別川」は栗山の市街地の北側を流れて、夕張川と合流しています。支流の「ポンウエンベツ川」の上流には「栗山ダム」もあります。

雨煙別川は、「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ウエンヘツ」という名前で描かれています。丁巳日誌「由宇発利日誌」にも次のように記されていました。

又しばし過て
     ウエンヘツ
惣てクツタラより此処迄は地味高くして肥沃の由也。左りの方大川有るよし。此処当ユウハリ支流第一の由。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.183-184 より引用)

「左りの方大川有るよし」は「雨煙別川」のことで間違い無さそうですが、「此処ユウハリ支流第一の由」については若干の疑義が残ります(同じく夕張川の東支流となる「阿野呂川」もほぼ同規模の川なので)。

「雨煙別」は wen-pet で「悪い・川」と思われますが、「北海道地名誌」には次のような説明がなされていました。

 ウエンペッ川 雨煙別地区を流れる川,もと「ポンウェンペッ」(小さい方のウェンペッ)と呼んだ川。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.262 より引用)

あっ、本当ですね。先程「ポンウエンベツ川には栗山ダムがある」とご紹介しましたが、本来はこの川が「ウエンヘツ」で、現在の「雨煙別川」が「ポンウエンペツ」でした。戦前の「陸軍図」でも取り違えは見られなかったので、おそらく戦後のどこかで取り違えられたものと思われます。

「ウェンペッ」は悪い川ということで, 金気があって川水が濁り,のみ水として悪い川と呼んでいたが,現在は水道の水に使われている。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.262 より引用)

ということで、更科さんの解釈では「水の悪い川」だったのではないか、とのことです。こればかりは、正確な解釈は伝承に頼るしか無いので難しいところなんですよね……。

時登川(ときと──)

tokitto?
コノハズク


ポンウエンベツ川の南支流の名前です。更科さんの「アイヌ語地名解」には次のように記されていました。

 トキト
 トキト山とトキト川があり、トキトは伝説の鳥このはずくであるが、古い地名解にはこの名がない。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.72 より引用)

「古い地名解にはこの名がない」とのことで、もしかして和名だったらどうしたものか……とも思ったのですが、丁巳日誌「由宇発利日誌」に次のように記されていたことに気づきました。

 扨此川口を入て堅雪の(節)に行時は、少し計りにて右の方トキト、またしばし過てホンウエンヘツ
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.184 より引用)

少なくとも、松浦武四郎が現地を訪問した頃から「トキト」という地名が存在していたようです。tokitto-ot-pet で「コノハズク・多くいる・川」あたりだったのかもしれません。

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