2019年5月26日日曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

アイヌ語地名の傾向と対策 (633) 「アッケシュンベ川・春辺沢川・ニタッポロ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

アッケシュンベ川

at-ke-supun-pet
おひょう(楡)の皮・剥ぐ・ウグイ・川


安平川は安平町の安平駅の北で「安平川」と「支安平川」に分かれていますが、アッケシュンベ川は JR 室蘭本線と国道 234 号線の東側で支安平川に注ぐ北支流の名前です。なお、この川の名前は「アッケシュンベ川」として知られていて、かつて上流域に存在した地名もカタカナで「アッケシュンベ」でしたが、地理院地図では「明春辺川」と記載されています。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「アツケシユンヘ」という川の存在が描かれています。また「東西新道誌」には「シアビラ」の支流として以下の川が存在すると記されていました。

右のかたを
     シアビラ
と云よし。此川すじ少し上りて右のかたに、シユフンヘツ、並びて、ラカンナイ。またしばし過て、アツケシユフンベ、左りの方小川也と。こへて、ブトシヤルウシナイ、左りの方小川。またしばし過、フブシヤビラ、左りの方小川。此辺より奥の方無名の川多し。高山はさしてなし。アツマの源と並びてユウハリの方え行くとかや。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.442-443 より引用)

この「新道誌」の記述を「東西蝦夷山川地理取調図」と照らし合わせて見てみると、色々と間違いがあるように見受けられます。たとえば「支安平川」の最初の支流は「アッケシュンベ川」と考えられるのですが、「新道誌」では「右支流」(南支流?)である「シユフンヘツ」が最初に記されています。

「シユフンヘツ」に相当する小流が実際に存在する(存在した)可能性もあるので、上記の指摘は意味のないものかもしれません(詳しくは次項で)。

左右が逆になっている問題については、実は現在の「アッケシュンベ川」が「支安平川」として認識されていた……という飛躍的な解釈で解決できてしまうのですが、明治時代の地形図を見た限り、当時から「シアピラ川」と「アッケシュウンベ」の位置関係は現在と同一でしたので、飛躍的な解釈を持ち込むのはちょっと無理がありそうです。

本題に戻りますと、現在の「アッケシュンベ川」はかつて「アッケシュウンベ」と記されていた時代がありました。また「新道誌」には「アツケシユフンベ」とあり、これらのカナ表記から考えると at-ke-supun-pet で「おひょう(楡)の皮・剥ぐ・ウグイ・川」と解釈できる……でしょうか。

at-ke(-us)-petsupun-pet だけでも良さそうな気もしますが、今回の場合は supun-pet が複数存在するため、両者を区別できるように at-ke- という識別子を追加したとも取れます。ただ、at-ke-supun- もどちらもこの川(とその流域)で得られる重要な産物なので、ともに併記しただけなのかもしれません。

春辺沢川(しゅんべさわ──)

supun-pet?
ウグイ・川


支安平川の上流には「瑞穂ダム」というダムがありますが、瑞穂ダムの 7~800 m ほど下流側で「春辺沢川」が南から注いでいます。

春辺沢川と、「新道誌」にある「シユフンヘツ」が同一の川であると考えるのは、厳密には少々苦しいのですが、実は「新道誌」の記載に誤りがあったか、あるいは「新道誌」の記載にあった数少ない南支流の名前を拝借した(引っ越し系またはインスパイア系)か、おそらくはその辺では無いかなぁ、と想像しています。

春辺沢川が「シユフンヘツ」と同一の川であるという証明はできていませんが、「シユフンヘツ」は supun-pet で「ウグイ・川」であると考えて良さそうに思えます。

地理院地図には、安平駅の東に無名の川が描かれています。下流部では田畑の灌漑用水路として描かれているため正確な流路が不明ですが、これがもともとは支安平川に注いでいた支流である可能性もあるかもしれません。だとすると、この小流がもともとの「シユフンヘツ」だった可能性も出てきます。

ニタッポロ川

nitat-poro?
湿地・大きな


室蘭本線・早来駅(はやきた──)の北で安平川に合流する東支流の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ニイタホロ」という川が描かれていて、「新道誌」にも「ニイタホロ」という川の存在が記録されています。

「ニタッポロ」であれば nitat-poro で「湿地・大きな」と読めます。他の解釈は無さそうにも思えますが、どちらかと言えば poro-nitat のほうが地名としては一般的な感じがするので、ちょっと引っかかりを覚えるのも事実です。

そうですね……、ni-tap-oro で「木・肩・その中」という解釈はできたりしないでしょうか? ニタッポロ川が国道 234 号のすぐ隣を流れる区間ありますが、このあたりを指して「木の生い茂った肩の中」と呼んだのではないかな、という考え方です。「『肩』って何よ」と思われるかもしれませんが、川の左右に広がる山が肩をいからせているように見えたのではないか……という解釈なのですが……。

根拠に欠ける厳しい試案ではありますが、「ニタッポロ」じゃなくて「ニイタホロ」なんだよ、という話なのであれば、こういう捉え方もできるんじゃないかなぁ……というレベルのお話でした。

あと nutap-oro で「大曲がりの・その中」という解釈も一応考えてみました。地理院地図に「鈴蘭山」と記載のあるあたりで思いっきり大回りをしているように見えると言えば見えるんですよね。いつか再検討してみたい地名(川名)です。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

去年このブログを初めて見て、最近久々にまた見に来てみたら更新が続いてて驚きました。僕は大学1年で、高校の時からアイヌ語地名と北海道に興味があって、そろそろ資料など買って見比べたり、アイヌ語の勉強したりしてみたいなと思っています。そしてこのブログは楽しく見ています。これからもブログ更新お願いします。 失礼しました。

Bojan さんのコメント...

はじめまして。更新が続いていて私も驚いています……(汗)。

アイヌ語の地名と北海道に興味を持っていただけて、自分のことのように嬉しいです。細々と更新を続けてきて良かったです。地名調べも気がつけば始めてから随分経ちましたが、幸いなことにまだネタは沢山残っているようなので、少しずつ続けられたらと思っています。これからもどうぞよろしくお願いします。

新着記事