2019年5月18日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (630) 「多良津川・築別川・イタイベツ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

多良津川(たらつ──)

penke-tara(-pet?)
上流側の・上の方に持ち上げる(・川)


栗山町東部、南角田のあたりを流れる川の名前です(夕張川の東支流)。古い地形図には「ペンケタラ」と記されています。「ペンケタラ」があるということは「パンケタラ」もある筈なのですが、流れ的には北側を流れている「流れの沢川」でしょうか。流れだけに(ぉぃ)。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ペンケタラ」に相当する川を見つけられませんでしたが、「由宇発利日誌」には「ハンケタラ」と「ペンケタラ」という小川の存在が記録されています。また永田地名解にも次のように記されていました。

Penke tara  ペンケ タラ  荷繩ニテ熊ヲ捕リシ處
Panke tara  パンケ タラ  同上
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.72 より引用)

「荷縄にて熊を捕りし処」に「同上」と来ましたか……。なるほど、確かに tar でアーカイブ……じゃなくて「荷縄」を意味するようです。単に「荷縄」では地名になりようが無いので、「荷縄で熊を捕まえた」という法螺話を創作する必要があった……と言ったところでしょうか。

NHK 北海道本部編の「北海道地名誌」には、おそらく更科さんの文だと思いますが以下の様に記されていました。

 タラツ川 南学田で夕張川に合する小川。意味不明。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.263 より引用)

まずはお約束の「意味不明」でバッサリ切り捨てた上で……

永田氏地名解に「ペンケタラ」「パンケタラ」とある地名かと思う。「タラ」は荷繩のことなので「荷繩ニテ熊ヲ捕リシ処」と訳されているが肯けない。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.263 より引用)

そうですよねぇ。これには全く同感です。

多良津川は中流域に「不動ノ滝」と呼ばれる滝があるのが特徴的ですが、河岸段丘を深く抉っているのも特徴と言えそうな気がします。tara には「上の方に持ち上げる」という意味があるので、川を越えた後に段丘を上がらないといけないことを指して penke-tara(-pet?) で「上流側の・上の方に持ち上げる(・川)」と呼んだのではないかなぁ……と考えてみました。

何を「上の方に持ち上げる」のか……という視点では、滝も「流れを上に持ち上げている」と解釈することができそうな気もします。ただ、「ペンケタラ」と「パンケタラ」は類似の特性を持つ川であると見てほぼ間違いなく、そして「流れの沢川」には「不動ノ滝」に相当する滝が見当たらないように思えることと、仮に「滝がある」のであれば so-un-pet(滝・ある・川)や charse-nay(水がちゃらちゃら流れる・沢)と言った名前になりそうなので、ちょっと違うかなぁ……と感じています。

築別川(ちくべつ──)

chikupeni-pet??
イヌエンジュ・川
chi-i-uk(-us)-pet??
我ら・それ・取る(・いつもする)・川


栗山町南部を流れる川の名前で、多良津川と同じく夕張川の東支流です。「東西蝦夷山川地理取調図」には「チヨクヘツ」と言う名前の川が描かれていて、また「由宇発利日誌」には次のように記されていました。

同じく平の上しばし行て此方
     チユクベツ
此川三間計、急流。同じく滝に成て落るよし也。膝の上まで有。チユクは汐早きと云事也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.225 より引用)

うーむ。「チユクは汐早きと云事也」とありますが、chuk は「秋」を意味し、あるいは chuk-ipe(秋の鮭)の省略形ではないかとされています。chiw であれば「水流」や「潮流」を意味するので由宇発利日誌の記載に近づくのですが、それだと chiw-pet になりそうです。

この矛盾?は永田方正も気づいていたようで、永田地名解では次のような解が記されていました。

Chuk pet  チュㇰ ペッ  槐川「チュクペニペト」ノ略語ニテ古ヘ槐皮ノ液汁ヲ此川ニ流シタルニヨリ今ニ至ルモ鮭漁無シト云フ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.73 より引用)

確かに chikupeni で槐(エンジュ)という語彙があります。ありますが……「エンジュの樹液をこの川に流したから」というのはちょっと意味が良くわかりません。

知里さんの「植物編」には次のように記されていました。

§185. エンジュ イヌエンジュ
    Maackia amurensis Rupr. var. Buergeri Schneid.
(1) chikupeni (chi-kú-pe-ni)「チくペニ」莖《北海道全域》
(2) chikupenni (chi-kú-pen-ni)「チくペンニ」莖《芙幌,屈斜路,名寄》
(參考)この木わ,強臭を發するので悪神が近ずかぬと信じ,枝を取って來て,或いわ皮とイケマの根と一緒にして,魔よけに戸口や窓口にさした。また,家の柱の材にわ,必ずこの木とハシドイとをまぜて使った。その他,臼杵等の器財を作った(幌別)。家の神の木幣わ,必ずこの木で作る。そうゆう大切な木だから粗末に扱ってわならない。焚木などにすることわ決してない(様似)。惡疫流行の際わ,この枝を取って來て棒幣を作り,他の部落に通じる別れ路の所や,家の戸口,窓口などに立てた。
(知里真志保「知里真志保著作集 別巻 I『分類アイヌ語辞典 植物編』」平凡社 p.108 より引用)※ 原文ママ

ふむふむ。どうやら学名 Maackia amurensis は「エンジュ」ではなく「イヌエンジュ」を指すようです。この記述を見た限りでは、「樹液を川に流す」という行為が広く行われていたかは謎ですが、もっと単純に「イヌエンジュが自生している川」と考えることはできそうな気もします。

あるいは、「チュク」を chi-i-uk で「我ら・それ・取る」と考えて、chi-i-uk(-us)-pet で「我ら・それ・取る(・いつもする)・川」と解釈できるかもしれません。この場合、「それ」が具体的に何なのかは……良くわかりませんが……。

イタイベツ川

e-etaye-pet?
頭(水源)・引っ張られた・川


栗山町南部を流れる川の名前で、これまた同じく夕張川の東支流です。「東西蝦夷山川地理取調図」には「イタヘツ」という川が描かれていて、また「由宇発利日誌」には「イタベツ」という川が記録されています。

由宇発利日誌では「チユクベツ」と「イタベツ」が夕張川の西支流と読めるようですが、実際には東支流です。今回は「東西蝦夷山川地理取調図」のほうが正しそうな感じですね。

永田地名解にも記載がありましたので、見てみましょうか。

Itae pet  イタェ ペッ  ?
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.73 より引用)

永田地名解ェ……。

気を取り直して。NHK 北海道本部編の「北海道地名誌」には、次のように記されていました。

 エタイベツ川 夕張川の小支流。アイヌ語で「エ・タイ・ペッ」は頭(川上)が林の川の意かと思う。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.263 より引用)

「──思う」で締めるあたり、毎度おなじみ更科さんテイストが良く出ていますね。「イタイベツ川」から「エタイベツ川」にたどり着いたのであれば、「恵岱別川」と音が同じ……というところまで引っ張れそうな気もします。

「恵岱別」は etaye-pet で「引っ張られた・川」ではないかと言われていますが、イタイベツ川もよーく見ると、頭(水源)がほぼ逆方向に捻じ曲げられています。これは士別の「西内大部川」ととても良く似ています。

ということで、「イタイベツ川」も e-etaye-pet で「頭(水源)・引っ張られた・川」ではないでしょうか。

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