2019年5月25日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (632) 「ベリベツ川・岩内・古山・馬来内川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ベリベツ川

pe-ru-pes-pe?
水・路・それにそって下る・もの


由仁町には南北に由仁川が流れているため、河川の多くは由仁川の支流なのですが、ベリベツ川は由仁川ではなく夕張川の支流です。

この「ベリベツ川」ですが、「由宇発利日誌」には次のように記されていました。

又山中道と云ものは無れども、鹿や熊の跡を認て行に、至て宜敷、先此辺より右の方え行ばヲヒフイの方え行よしなるが、左りえ左りえと針位を取りて行に、
     ヘルウベツ
相応の川なり。此川もユウニえ落るよし也。膝の上まで有けるが、歩行わたりして行や、
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.200 より引用)

あれっ、「此川もユウニえ落る」とありますね。あれれっ……? あ、どうやらベリベツ川が夕張川に直接注ぐようになったのは河川改修の結果だったようで、もともとは由仁駅の北東(国道 234 号の橋のあたり)で由仁川に注いでいたようです。

伝統と信用の永田地名解にも次のように記されていました。

Heru pet  ヘル ペッ  ? 此ハ訛リ辭ニシテ意義不明
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.71 より引用)

とりあえず、「辭」は「辞」の旧字だということがわかりました。

「ヘルウベツ」あるいは「ヘル ペッ」を素直に読み解くと pe-rup-pet で「水・氷・川」でしょうか。これだと確かに意味不明ですが、ruprupne の省略形だとしたら「水・多くある・川」となります(十勝の「歴舟川」が pe-rupne ではないかと言われていますね)。

ただ、ベリベツ川の地形を見る限りでは、「相応の川」であっても「水の多い川」だとはちょっと考えづらいところもあります。そんなことを考えながら「東西蝦夷山川地理取調図」を眺めてみると、なんと「ヘルベシベ」と記されているではありませんか。

「ヘルベシベ」が pe-ru-pes-pe であると考えると、「水・路・それにそって下る・もの」と読めそうに思えます。ベリベツ川は由仁川と並行して流れていますが、上流部まで含めると夕張川の西隣を流れている、と形容するほうが正しく思えます。そういった特色からは「夕張川に沿って流れる川」というネーミングは割と適切なものに感じられます。

また、ベリベツ川の水源は道東道の由仁 PA のあたりなのですが、あのあたりは巨大な扇状地であるようにも見えます(一般的な扇状地とは異なる部分もあるので、厳密には「扇状地」と呼べるかどうかは不明ですが)。

ということで、ベリベツ川の水源は不明瞭なところもあるのですが、知里さんの「──小辞典」によると pe-ru には「泉」という意味もあるとのこと。もしかしたら「夕張川に沿って流れる湧き水の流れ」と捉えられるのかもしれません。

岩内(いわない)

iwaw-o-nay
硫黄・多くある・川


由仁町東部の地名です。「東西蝦夷山川地理取調図」には夕張川の支流として「イワナイ」という川の存在が描かれています。

「由宇発利日誌」には次のように記されていました。

凡七八丁上り
     イワナイ
川の南岸也。小川。巾弐間計。流に硫黄有るよし、よつて号るなり。恐らくはイワヲナイなるべし。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.221 より引用)※ 原文ママ

あー。iwaw-o-nay で「硫黄・多くある・川」なのですね。もっとも、こんな火山から遠そうな平野部で硫黄? という疑問もあるのですが、iwa と呼べそうな山も存在しないようですし、i-woro-nay で「それを・漬けておく・川」という解釈も考えてみたのですが、決め手は無さそうです。

まぁ、実際に硫黄が出るのであればもう迷うことも無いのですけどね。iwaw-o-nay で「硫黄・多くある・川」としておこうと思います。

古山(ふるさん)

hur-sam
丘・そば


JR の「室蘭本線」は、空知炭田から算出される石炭を室蘭に運ぶために建設された路線で、北海道の鉄道路線の中でも創成期から存在する歴史の長い路線でもあります。ただ、炭鉱が閉山し政治・経済が札幌を中心に回るようになってからは、室蘭本線の苫小牧と岩見沢の間は列車の数も激減してしまい、今やすっかりローカル線の雰囲気が色濃くなってしまいました。そんな室蘭本線に「古山駅」が存在します。

  古 山(ふるさん)
所在地 (石狩国) 夕張郡由仁町
開 駅 昭和 21 年 4 月 1 日 (客)
起 源 源を付近の馬追山に発して駅のそばを流れる振寒(ふるさむ)川の名が地名となり、駅名となったものである。振寒はアイヌ語の「フル・サム」(丘のかたわら)から出たものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.75 より引用)

あらっ、古山駅って戦後に開設されたものだったのですね。信号場あがりかな、と思ったのですがどうやら 1943 年に「古山信号場」が開設されていたとのこと。なるほど、戦中の輸送力増強によって生まれた信号場がベースとなった駅だったようです。

ちなみに「振寒川」は現存しないようで、現在は「古山川」という名前の川が存在します。「振寒川」が「古山川」になった可能性が高そうですが、未確認です。

「古山」の由来は hur-sam で「丘・そば」と見て良いかと思われます。

馬来内川(うまこない──)

mak-oma-nay
山手・そこに入る・川


室蘭本線・三川駅の西を流れる川の名前です。かつては「馬来内」という字もありましたが、昭和 59 年に廃されて「西三川」と「古山」に改められたとのこと。

「角川──」(略──)には次のように記されていました。

地名は,アイヌ語地名で,馬追山付近のマクオマナイ(山手にある川の意)による。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.194 より引用)

ふーむ。確かにありそうな話ですね。「マクオマナイ」が「マコマナイ」となり、それに「馬来内」という字を当てたところ「うまこない」と誤読されるようになった、と言った可能性が考えられそうです。

mak-oma-nay で「山手・そこに入る・川」だと考えられますが、あるいは mak-o-nay で「山手・そこにある・川」と呼ぶ流儀があり、「マコナイ」が「馬来内」になった可能性も、もしかしたらあるかもしれません。

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