2019年6月1日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (634) 「勝納・於古発川・稲穂」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

勝納(かつない)

at-nay
群在する・川
(典拠あり、類型あり)
JR 函館本線の南小樽駅と小樽築港駅の間、札樽自動車道の終点「小樽 IC」の近くに「勝納町」という地名があります。新日本海フェリーの小樽フェリーターミナルが「勝納埠頭」にあるため、それでご存知のかたもいらっしゃるかもしれません。また、同名の川も流れていて、上流部には「奥沢水源地」があります。小樽の市街地の中ではかなり大規模な川と言えるかもしれません。

永田地名解には次のように記されていました。

At tomari  アッ トマリ  鯡群集スル泊 鯡ノ群來ルコトヲ「アッ」或ハ「アッチ」ト云フ松浦地圖「カチトマリ」トアルハ誤ル
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.88 より引用)
at には「おひょう(楡)の樹皮」という意味(名詞)とは別に、完動詞として「群在する」という意味もあります。鯡(ニシン)が群在するのであれば heroki at となりますが、何が群在するかは自明であるとして heroki が省略された、と言ったところでしょうか。

そして、この at-tomari を流れる川の名前が「アッチナイ」である、としています。

Atchi nai  アッチ ナイ  豊澤 「アツトマリ」ヲ和人訛リテ「カチトマリ」ト云ヒシヨリ遂に「カチナイ」ト名ケ今勝納(カチナイ)町ト稱ス轉々相誤ル者ト云フベシ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.88 より引用)
ただ、永田方正も指摘するように、「東西蝦夷山川地理取調図」などでは「カツナイ」そして「カチトマリ」として記録されています。「ア」が「カ」に変化したことになりますが、このことについて山田秀三さんは次のように記していました。

またアッ→カッと転訛する例を永田氏は処々で書いている。アイヌ語の語頭の a は喉をちょっとしめてから発音するので,そう転訛することがあったのだろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.497 より引用)
こういった変化については、金田一京助さんも「北奥地名考」の中で「北海道の地名転訛の一般」として次のように記していました。

 母音で始まる場合、その頭へ k 音の添ふ変化も可なりにある。亀田郡ウフイ・ヌプリ「焼山」がコブイとなったり、後志国小樽郡のアットマリ(「鯡の群る泊」) がカチトマリとなり、アチナイ(「鯡の群る川」)がカチナイとなり、勝納となり、アッナイも(「厚司のアッの木の沢」)カツナイと云はれ、渡島国亀田郡のアッウシ at ushi「厚司のアッの木の生じてゐる処」) がカットシと呼ばれる。
(金田一京助「北奥地名考」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.266-267 より引用)
ふむふむ。思いっきり「勝納」についても記されていましたね。そしてまだ続きがありまして……。

このア行音が力行音になって、頭へ k がつく場合のよくあるのは、アイヌの発音の語頭のアイウエオは、喉頭破裂音を伴って出るから、それに馴れない邦人にはカキクケコの様に聞き成されるからである。
(金田一京助「北奥地名考」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.267 より引用)
あっ……。山田さんの「アイヌ語の語頭の a は喉をちょっとしめてから発音するので」は、金田一先生の説を参考にした……とも取れそうですね。

ということで、引用多めでお届けしましたが、小樽の「勝納」は at-nay で「群在する・川」だと考えて良さそうですね。より正確には「ニシンが群在する泊地の川」となろうかと思われます。

於古発川(おこばち──)

o-u-kot-puchi??
{河口・互いに・交わる}・河口
(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
小樽公園の西を流れて、やがては「寿司屋通り」の真ん中を流れて小樽運河に注ぐ川の名前です。水源に向かって遡ると、最終的には同名の山「於古発山」にたどり着きます。なかなかの難読地名ですね。

西蝦夷日誌には「ウコバチ〔大鉢(おおばち)〕(人家多し)」とあります。これを見ると、もしかして「大鉢」という和名だったのでは……と思いたくなりますが、「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ヲコハチ」や「ホンヲユハチ」と云う地名が記録されているので、一旦はアイヌ語由来だろうとして検討してみます。

竹四郎廻浦日記には「ウコバチ 本名ウクバチ」と記されていました。明治時代の地形図にも「ヲコバチ川」あるいは「オコバチ川」とあるので、「おこばち」という読みにはそれほど大きな変化は無さそうに思えます。

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のように記されていました。

おこばち川(妙見川 みょうけんがわ)
 小樽市街のまん中の繁華街を急傾斜で流れている川。妙見川という名は,昔の川尻近くに妙見堂があったからであろうが,「おこばち」という他に例のない名がどうにも気にかかる。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.496 より引用)
そうですね。かなり同感です。

 少し上ると二股になっているので,あるいはウコパシ(u-ko-pash 互いに・向かって・走る→急流が走りよる)ぐらいの意ででもあったろうかと,やや乱暴な案を考えては見たが,全くの一試案に過ぎない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.496 より引用)
なかなか面白そうな試案が出てきました。pas はあまり目にしない語彙ですが、chas で「走る」ならばこれまでもちょくちょく出てきたようです。

山田さんの「やや乱暴な案」も一考に値するかと思われますが、もっと単純に o-u-kot-puchi で「{河口・互いに・交わる}・河口」考えることはできないでしょうか。o-u-kot は「興部」という地名(川名)が有名ですが、2 つの河川が海に注ぐ直前で合流している様をそう呼んだとされています。

「再航蝦夷日誌」には「ヲコハチトマリ」という地名が記録されています。「ヲコハチ」は本来は河口一帯の地名だったものが、川の名前に逆輸入されたのではないか……という仮説です。

稲穂(いなほ)

inaw
木幣
(典拠あり、類型多数)
小樽駅前の一帯が「小樽市稲穂」です。Google Map で見てみると、線路沿いに「龍宮神社」という神社があるようですが……ということで山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょう。

稲穂町 いなほちょう
 国鉄小樽駅の北側一帯の繁華街が稲穂町である。小樽市史は「竜宮神社明細帳によれば,稲穂町は元稲穂沢と云ふ」と書き,小樽市教育研究小樽のあゆみは「稲穂町。現在の竜宮神社のところからイナオが出て来たので此の名がある」と誌した。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.495 より引用)
ということで、「稲穂」は inaw で「木幣」だったと考えられそうです。道内には「稲穂峠」という名前の峠がやたら多いことにお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、これも inaw という一般名詞から名前を拝借してしまったが故の重複です。

もう少し「北海道の地名」を見ておきましょうか。

 竜宮神社は駅のすぐ西,国道から山の方にちょっと入った処。石段を上って見ると,昔から海を見遙かす岡の張り出した先である。アイヌ時代ならイナウ(木幣)を立てて海神に祈ったろう場所であった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.495-496 より引用)
ふーむ、アイヌが海の安全を祈ってイナウを捧げた場所が、そのまま竜宮を祀る?神社になった、というのも面白いですよね。祭祀の仕方は違っていても願うところは同じといったところなのでしょうか。

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