2019年10月26日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (672) 「産士・雄信内・男能富」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

産士(うぶし)

hup-us-i
トド松・多くある・もの(川)


天塩町北部、国道 40 号沿いの地名です。カタカナで「ウブシ」と表記する流儀もあるようです。

「東西蝦夷山川地理取調図」には、天塩川の西支流として「ヘンケウフシ」が、また東支流として「ハンケフフシ」という川がそれぞれ描かれていました。「ペンケ」と「パンケ」が川の左右に存在するのは割と珍しいような気もします(通常は同サイドの上流側・下流側で並んでいることが多い)。

「天之穂日誌」には次のように記されていました。

過て
     ウフシテ
左りの方小川、惣て此辺遅流。針位多く丑寅向に成る也。
     ベンケウフシテ
右の方小川有。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.482-483 より引用)

「左りの方」がアイヌの流儀(川下から川上に向かって右・左とする)で記されているのであれば、この記載は「東西蝦夷山川地理取調図」とも一致します。問題は最後の「テ」で、これを一体どう解したらいいものか……。

更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」には、次のように記されていました。

 ウブシ(産土)
 天塩川の上流上幌延の対岸の天塩町の字名。現在産士の字をあて、中産士、東産士などと書いているが、ウブシの語源を解けるような地名が古いどの記録にも見当たらない。おそらくフㇷ゚・ウㇱがフプシとなったものと思われる。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.177 より引用)

あー、これは全く同感です。hup-us-i で「トド松・多くある・もの(川)」と考えるのが妥当かと思われます。ついでに言えば、現在「東産士」や「北産士」、「中産士」と言った集落のあるところは、かつては広大な湿地帯だったと考えられます。本来の「ウブシ」は「円山ウブシ川」を遡った先にある、現在「西産士」と呼ばれるあたりの地名であり、川名だったのでしょうね。

フㇷ゚はトド松のことで、トド松の沢山あるところをフプシという。阿寒湖畔のフプシヌプリ(トド松のある山)支笏湖畔の不風死岳(フプシヌプリ)と同じトドの密林についた名称であると思う。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.177 より引用)

概ね同感です。ただ、以前から少し気になっているのが、hup には「おでき」という意味もあるのです。たとえば山の上から見て「おでき」のように見えるものが多数あるのであれば、それを hup-us-i と呼んだとしても不思議はないように思えるのですね。

おそらく、多くの場合は「トド松」の森が「おでき」のように見えたのではないか……と思ったりもします。ですので「トド松・多くある・もの」という解釈がひっくり返ることはまず無いのでしょうけど、極稀に例外があるかもしれないなぁ……という独り言でした(すいません)。

雄信内(おのぶない)

o-nup-un-nay
河口・原野・ある・川


天塩町東部の地名です。字が同じで「おのっぷない」と呼ぶ駅が川向うの宗谷線にありますが、駅が存在するのは幌延町です。品川区にある目黒駅のような感じでしょうか。

同名の川が南から北に流れていて、雄信内(集落)のあたりで天塩川に注いでいます。天塩町内を流れる川の中では、(天塩川を除けば)一番長い川かもしれません。

駅名ですので、まずは「北海道駅名の起源」を見ておきましょう。

  雄信内(おのっぷない)
所在地 (天塩国) 天塩郡幌延町
開 駅 大正 14 年 7 月 20 日
起 源 アイヌ語の「オ・ヌㇷ゚・ウン・ナイ」(川尻に原野のある川)が、「オヌプナイ」となり、それに漢字を当てたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.180 より引用)

o-nup-un-nay で「河口・原野・ある・川」だと言うのですが、疑問を差し挟む余地の無さそうな、妥当な解かと思います。

面白いのは、「東西蝦夷山川地理取調図」や「天之穂日誌」には、いずれも「ヲヌフナイ」と記録されているところです。「北海道駅名の起源」では「誰か」が -un を足していることになるのですが、もしかしたら知里さんでしょうかねぇ……?(略された -us-un を「取り戻す」ケースが多かったので)

男能富(だんのっぷ)

tanne-pet??
長い・川


雄信内川の西支流「二十三号川」を遡ったあたりの地名です。「雄信内」が「おのぶない」(あるいは「おのっぷない」)なのに「男能富」は「だんのっぷ」というのも、なかなか難易度が高いような……(「男能富」も「おのっぷ」と読めそうじゃないですか)。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヲヌフナイ」の支流として「クリキンナイ」という川が描かれています。果てしない夢を追い続ける系の川名のようにも思えますが(思えません)、これが「二十三号川」に相当するかどうかは不明です。個人的には違うんじゃないかな、と感じています。

「天之穂日誌」にも「クリキニンナイ」という川の存在が記録されていますが、どうやらこの一節は「問寒別川」の支流の情報と完全に取り違えている(逆になっている)ようなので、「クリキンナイ」も問寒別川の支流だった可能性が高そうです。

本題に戻りますと、「男能富」については何の手がかりも得られていません(汗)。「ダンノップ」という読みと「二十三号川」の特徴から想像するならば、tanne-pet で「長い・川」あたりでしょうか。雄信内川には膨大な数の支流がありますが、その中でも「二十三号川」の長さはトップクラスに見えるので、そのことを「長い川」と呼んだのではないか……という仮説です。

ややこしいことに、「男能富川」という川が「二十三号川」の西支流として存在します。ただ、本来の「ダンノップ」は「二十三号川」のことで、現在「男能富川」と呼んでいるのは「男能富集落で二十三号川に合流する支流」という意味だろう(地名ありきの川名)と想像しています。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

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