2019年10月6日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (667) 「トマタウシュナイ川・クマウシュナイ川・ルベシ」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

トマタウシュナイ川

toma-ta-us-nay
エゾエンゴサクの塊茎・掘る・いつもする・川


遠別町金浦(かなうら)のあたりを流れる川の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」にも「トマタウシナイ」という名前の川が描かれています。

「竹四郎廻浦日記」にも「トマタウシナイ」という名前の川が記録されていますが、「再航蝦夷日誌」では「トコタウシナイ」と記録されています。「再航蝦夷日誌」には時折いい感じの誤字が紛れているっぽい印象がありますね。

永田地名解には次のように記されていました。

Toma ta ush nai  トマ 夕 ウㇱュ ナイ トマ草ノ根ヲ掘ル澤 「トマ」草ノ根ヲ堀リ食料トス
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.409 より引用)※ 原文ママ

「トマ タ ウㇱュ ナイ」なんでしょうけど、原文を見ると「トマ 夕 ウㇱュ ナイ」のように見えて仕方がないんですよね。何が違うんだ……という話ですが、カタカナの「タ」が漢字の「夕」になっているように見えるのです。

永田地名解の誤植?の話はさておき、本題に戻りましょう。toma-ta-us-nay で「エゾエンゴサクの塊茎・掘る・いつもする・川」だと言うのですが……えーと、疑問を差し挟む余地は無さそうでしょうか。

ちなみに、遠別町金浦はもともと「トマタウシュナイ」という地名だったとのこと。この「トマタウシュナイ」に「苫年内」という字を当てたそうで、このまま地名として残ってくれたら良かったのですが……。

クマウシュナイ川

kuma-us-nay
干し竿・多くある・川


遠別町富士見の南を流れる川の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」にも「クマウシナイ」という名前の川が描かれています。「ウシュ」になったのは毎度おなじみ永田方正の勘違いが原因なんでしょうね。

そんなわけで、勘違いの主である永田方正大先生の「北海道蝦夷語地名解」を拝見しましょうか。

Kuma ush nai  クマ ウㇱュ ナイ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.409 より引用)

大先生ーっ!

永田大先生がうっかり解釈を書き忘れてしまったようなので、更科さんの「アイヌ語地名解」を見てみましょう。

 クマウシュナイ
 遠別から二キロほど南にある川の名で、他の地方では「熊牛」とか「熊臼」などの字を当てているのと同じ地名で、クマとは、又木の上に横にわたして物を乾す竿のことをいうので、チェプ・クマというと魚をかけて乾す横棒であり、カムイ・クマというと熊の肉を乾す竿である。チミㇷ・クマは着物を乾す乾物竿である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.151 より引用)

あの……もう少し適度に文章を分けてもらえると読みやすくなると思うのですが……。

そのクマの多くある(ウシ)沢(ナイ)というのであるが、この地名の場合、魚を乾す乾物竿のあるところを指し、要するに魚の豊かな土地につけた地名である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.151-152 より引用)

要するに、最後の一文だけで十分な気もしてきました(汗)。kuma-us-nay で「干し竿・多くある・川」だと言うのですが……。

ただ、この kuma という語彙は、「干し竿」からの類推で「棒のように横たわっている山」と解釈する場合があります(足寄町の「クマネシリ」が有名ですね)。ですので流域に「棒のように横たわっている山」が無いかな……と思って調べてみたところ、中流部に(小ぶりではありますが)それっぽい山がありました。

ですので、kuma-us-nay は「棒のように横たわっている山・ついている・川」である可能性も……あるかもしれません。

ルベシ

ru-pes-put(u)
道・それに沿って下る・河口


遠別町中央のあたりを「ルベシュベ川」という川(遠別川の東支流)が流れています。そのルベシュベ川が遠別川に合流するあたりに「ルベシ」と言う地名?が描かれています。まぁ改めて取り上げるほどの珍しい地名でも無いのですが(汗)。

「竹四郎廻浦日記」には、「ウエンベツ」の支流が次のように記されていました。

 扨此川すじ沢目相応に有。樹木多し。しばし上りて右の方 マサラマフ、また少し上りて チホテ、並びて ホンナイ、また少し上りて キヤスシナイ、タフコウシナイ、またし(字欠)ヲモマナイ、並びて バンケイコシケナイ、またしばし上りて ベンケイコシケナイ、又少し上りて右の方 シユサンケナイ、並て左りの方 ルヘシフト、此処に夷人一軒猟業を致し住するなり。是よりテシホ川すじえ越るもよろしと。凡川すじ浜辺より凡一日半路位のよし也。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.516 より引用)

あっ、ちょっといい情報がありました。現在「ルベシュベ川」と呼ばれている川が「東西蝦夷山川地理取調図」では「ルヘシヘナイ」となっていたので、「ルベシ」という地名も ru-pes-pe-nay を下略したもの……と思ったのですが、厳密には ru-pes-pe-nay の河口部を ru-pes-put(u) で「道・それに沿って下る・河口」と呼んでいて、それを略して「ルベシ」になった……と考えられそうです。

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