2021年2月24日水曜日

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冬の愛媛・大分フェリー旅 2020 (41) 「三崎町立串小学校」

 

かつての軍用桟橋が残る「正野谷」に戻ってきました。愛媛県道 256 号「佐田岬三崎線」はこの先を右に向かうのですが……


青看板にはどちらも「三崎港」とあります。左に分岐するルートは「町道経由」とあるのですが、「八幡浜方面」は左に行くように促されています。


ちなみに、この「八幡浜方面」という案内は後から追加されたもののようで……


2014 年 1 月に撮影された Google ストリートビューには「八幡浜方面」の文字は見当たりません。

ちなみにこの時は左折したのですが、今から思えば「往路では県道を経由していたので、復路は別の道を通ってみよう」という発想だったような気がします。往路も県道を通っていなかったと知ったのは、少し経ってからです。

町道をゆく

県道 256 号を外れて、町道で三崎港方面に向かいます。左下の入り江に「軍用桟橋」が残っている筈なのですが、あいにくこのアングルからは見えないですね……。


県道のバイパスとなっているこの町道、良く整備されていて走りやすい道なのですが、最後に一箇所だけ……


鬼のように狭い区間があります。ここだけ諸事情あって未整備っぽい感じですね。



再び県道 256 号と合流

佐田岬漁港の近くに戻ってきました。再び県道 256 号と合流です。


凄まじい逆光ですが、これまた県道のバイパスとして使用されている農免農道と、串集落に向かう県道の交叉点にやってきました。往路では素直に農免農道を通ってきたので……


せっかくなので左折して、往路では通らなかった県道を経由することにしました。



「串」集落へ

この県道 256 号ですが、狭隘な上に勾配もなかなかのものです。


このあたりは「串」という名前の集落ですが、地図で見た感じでは佐田岬漁港のあたりよりも家屋が多いかもしれません。標高 50 m ~100 m あたりの高台に位置する集落で、北側の伊予灘に面した土地ですが、南側の山がそれほど高くないこともあり、昼間から夕方にかけては日の差す時間も長そうなところです。


北西向きの斜面に家々が立ち並んでいて、道路の拡幅を阻んでいるように見えます。「通学路」の標識とともに、再び道幅が狭隘に戻りました。



三崎町立串小学校跡

道が再び広くなる場所にやってきましたが……あっ!


こんなところに「飛び出し坊や」が!


集落の中でもやや高台にあたるあたりに、いかにも小学校らしい建物が見えてきました。Google マップには「小学校」の記載が無いので察したのですが、この「三崎町立串小学校」は 2005 年に「伊方町立佐田岬小学校」に改称された後、2014 年 3 月に廃校になってしまったとのこと。


人口が減少している地域における小学校の廃校は今に始まったことではありませんが、日本はこの先どうなってしまうのだろう……という漠然とした不安が脳内から離れません。

農免農道と再合流

小学校前を過ぎてからは民家の数は少なくなり、2~3 分ほどで農免農道との交叉点に到着です。かつて信号機が設置されていた交叉点で、現在は撤去済み……でしたね。



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2 件のコメント:

ねこあたま さんのコメント...

できることなら、歩いて通える小学校、自転車で通える中学校があるに良いに越したことがない反面、ある程度まとまった人数がいないと出来ない共同性の問題というのもありますから、学校の統廃合は簡単に答えを出すのは難しいですね。

Bojan さんのコメント...

ねこあたま さん:

そうですね。中には児童一人に先生一人という学校もあったと思いますが、同級生も上級生も下級生もいないというのは、さすがにちょっと気の毒に思えてきます。

この辺の問題を「山村留学」という奇策で乗り切った学校もありましたが、やがて地元の子供がいなくなり、学校も廃校へ……というのがパターン化しているのでしょうね。人口の減少と子供の減少、どちらも由々しき問題ですが、ずっと無為無策のまま時が過ぎてきたように思えてきて、急に危機感を覚えたところです。

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