2017年12月9日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (492) 「小鉾岸」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

小鉾岸(おふきし)

op-kes?
銛・末端


道央道の「豊浦 IC」の近くを流れる川の名前です。河口の近くには JR 室蘭本線の「大岸駅」もあります。ということでまずは「北海道駅名の起源」を見てみましょう。

  大 岸(おおきし)
所在地 (胆振国) 虻田郡豊浦町
開 駅 昭和 3 年 9 月 10 日
起 源 アイヌ語の「オㇷ゚・ケ・ウㇱペ」(槍の柄・削る・いつもする所)、すなわち(いつもそこで槍の柄を削った所)の意味で、その上部をとって和人が「オフケシ」と呼び、「小鉾岸」の字をあてていたが、昭和 10 年 4 月 1 日「大岸」と改めた。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.65 より引用)

はい。やはり「大岸」は「小鉾岸」に由来する地名だったようですね。op-ke-us-pe で「槍(・矛・銛など)の柄・削る・いつもする・ところ」と読み解くことができそうです。

更科さんに聞いてみよう

この説明を見ていて、ちょっと気になることがあったので、更科さんの「アイヌ語地名解」も見ておきましょうか。

地名の語源についてはオㇷ゚・ケシで、川尻のところが鉾の石突きのところのように、二股になっているので、鉾の石突き(オㇷ゚・ケシ)と名付けられたものであるともいわれている。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.57 より引用)

おおっと。句点がある……(そこか)。全文引用はしませんが、句点「。」が項目中に五つもあるんですよね。これは更科さんにしては画期的なことです(汗)。しかも最後が次のように締められていたりします。

他の説もあって問題の多い地名である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.57 より引用)

更科さん、どうしたんですか……(汗)。あ、肝心の本題を忘れていました。「オㇷ゚・ケシ」で「槍・末端」と考えたということでしょうか。

秦さんにも聞いてみよう

どうやら「小鉾岸」も昔から様々な説が出ていた地名だったようです。秦檍丸(村上島之允)の「東蝦夷地名考」には次のようにありました。

一 ヲツプケシ
 ヲツプは魚矟(モリ)なり。ケシは足の訓。此處の海濱の形、ヲツプの足に似たる故に名とせり。
(秦檍麻呂「東蝦夷地名考」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.17 より引用)※「矟」は「矛」に「宗」が正しい

えーと、これは更科説と同一と考えて良さそうでしょうか。ありがたいことに銛のイラストまで描かれていました。両端が U 字型になっていますが、厳密には尖っているほうは U 字の片割れだけ長く伸びているような形です。

上原さんにも聞いてみよう

上原熊次郎の「蝦夷地名考并里程記」には次のように記されていました。

ヲプケシ                小休所
  夷語ヲプケシペなり。魚鯮の鉾と云ふ事。扨、ヲプとは鉾の事。ケシとは末と中事。ぺは所と申訓にて、此所東西に崎ありて U 此形蝦夷人の漁事に用ゆる鉾の末にあるものゝよふなる入江なれは地名になすといふ。
(上原熊次郎「蝦夷地名考并里程記」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.48 より引用)

あれ? これも更科説と同じですね。成立時代を考えると、「更科説」というよりは「秦説」としたほうがより正確かもしれません。

山田秀三さんは「北海道の地名」にて、上原説の文法的な誤謬を次のように指摘しています。

秦氏と同説であるが,説明の言葉の方の語尾にぺが付けられているのは語法上変だ。op-kesh-un-pe(銛の・末端・にある・もの)ぐらいの言葉が略されて使われたものか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.413 より引用)

-pe は(子音で終わる)動詞・形容詞の後に続くのが常なので、kes という「末端」を意味する位置名詞の後に続くのはおかしい……という指摘ですね。この辺の文法的な解析は知里さんがこだわっていた点でもありましたが、ごもっともな指摘だと思います。

この文法ミス?を収拾するには、山田さんの言うように op-kes-un-pe とする(-un を挟む)のが真っ当な考え方ですが、更に op-kes-un-pet で「槍・末端・そこにつく・川」と考えることもできそうですね。

松浦さんにも聞いてみよう

「初航蝦夷日誌」には「ウフケシ」という音で記録されていますが、「竹四郎廻浦日記」や「東西蝦夷山川地理取調図」では一般的?な「ヲフケシ」になっています。

また、「東蝦夷日誌」には次のような由緒がしるされていました。

ヲプケシ〔負岸・小鉾岸〕(川幅五六間、橋有、小休所、夷家有)遅流也。ヲプとは括槍、ケシは尻也。昔し括槍の鐏(イシツキ)を神が拾ひ給ひしと云故事有て號ると也。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.52 より引用)

「イシツキ」は「石突」のことで、Wikipedia によると「槍や薙刀などの長柄武器における刃部と逆側の先端のこと」とあります。もしかしたら、スキーのストックの先端についている輪っかと似たような意味があったりするのでしょうか(ストックの場合は、雪に埋もれるのを避ける意味がありますよね)。

「東蝦夷地名考」の挿絵には U 字状の石突が描かれていました。……やはり U 字状の地形がキーになりそうな感じでしょうか。

永田さんにも聞いてみよう

永田地名解を見てみると、「オプㇲケベ川筋」というカテゴリーがあるにもかかわらず、肝心の川名が「シー オㇷ゚ケス」しか記していないように思えます。ちなみに「
シー オㇷ゚ケス」は「槍端川ノ水上」となっているので、やはり op-kes で「槍・端」と解釈しているようですね。

ただ、よーく見てみると、「オプㇲケベ川筋」の数ページ前に次のような記載があることに気づきました。

Op kespe shir'etu  オㇷ゚ ケㇲペ シレト゚  檜端岬(槍ノ石突ニ似タル岩アル岬)
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.174 より引用)※ 原文ママ

あ。今頃気づいたのですが「オプㇲケベ」は誤植だったでしょうか。op-kes-pe であれば、確かに「オㇷ゚ ケㇲ ペ」となりそうな気がします。あと、これも上原説と同様に文法上の誤謬を含んでいる可能性がありますね。

あと、永田説は「オㇷ゚ ケㇲペ」を岬の名である、としたのが新しいところでしょうか。大岸と豊浦の間の海岸は険しく、国道も道央道も内陸側を通っています。JR は「大岸トンネル」で一気にショートカットしていますが、これも当初は国道 37 号の近くを通っていました。

まとめ

それにしても……うーむ。更科さんが珍しく「他の説もあって問題の多い地名である」などと記していたものですから、一通り先人の説を眺めてみましたが、どれも「銛・末端」で統一されているように思えます。しかも、「銛」の先端ではなく土台側の「石突」であるという点までそっくりです。

山田秀三さんも「私にはあの入江をオㇷ゚ケㇱに見たてた古い秦氏や上原氏の説が捨て難く思われるのであった。」と締めていますが、同感です。op-kes で「銛・末端」と捉えるのが良さそうに思えます。

おまけ

「北海道駅名の起源」が「槍(・矛・銛など)の柄・削る・いつもする・ところ」という新説を唱えたのは、「銛の石突」に相当する場所が見当たらなかったからなのでしょうか。

この点について、日本歴史地名大系の「北海道の地名」に興味深い記述が見つかりました。孫引きで申し訳ないですが引用しておきます。

当地の海岸にっいて「蝦夷巡覧筆記」に「少シ浜アリ、夫ヨリ又岩窟海ヨリ切立木アリ」、谷「蝦夷紀行」に「ヲツケシ、(中略)大石あり。高さ三丈許り。石紋、石垣のごとし。浜砂の上に独立す」(寛政一一年八月五日条)とある。
(永井秀夫・監修「北海道の地名(日本歴史地名大系)」平凡社 p.747-748 より引用)

注目すべきは谷元旦のほうで、「高さ三丈(ばかり」の大石が「浜砂の上に独立す」とあります。これを素直に解釈すると、高さ 9 m ほどの大石が砂浜の中に立っていたことになるのですが、さて、その大石はどの辺にあったのでしょうね。

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