2018年9月2日日曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

アイヌ語地名の傾向と対策 (560) 「ホルウンナイ・モアショロアルヘチツクシュナイ川・茂足寄」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

実は地図をクリックすると「地理院地図」に飛べるのですが、ご存知でしたか?

ホルウンナイ川

poru-un-nay
洞穴・ある・川


足寄町美利別(螺湾と上足寄の間)のあたりで足寄川に注いでいる北支流の名前です。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ホロナイ」という名前の川が記されています。また戊午日誌「東部報十勝誌」には「ホルナイ」という名前で、次のように記されていました。

     ホルナイ
左りの方小川。此川すじ川底に穴多く有るよりして号る也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.331 より引用)

はい。どうやら poru-nay で「洞穴・川」と考えたようですね。現在の川名は「ホルウンナイ川」ですが、これは poru-un-nay で「洞穴・ある・川」と考えれば良さそうです。

どちらかと言えば、もともと poru-un-nay だったものが poru-nay と省略されるケースが多いので、このように「原型に戻る」ケースは割と珍しく感じます。

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」には、次のように記されていました。

 ポル・ウン・ナイ(poru-un-nay 洞穴・ある・川) の意で、この沢の林道を少し入ると左手に崖が見えるが、その崖下に写真のような洞穴がみられたが、洞穴の奥は深くない。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.179 より引用)

なるほど。洞穴と言うよりは河食による横穴程度のものと考えたほうが良いのかもしれませんね。

モアショロアルヘチツクシュナイ川

{mo-esoro}-ar-{pet-cha}-kus-nay
{茂足寄}・向こう側の・{川岸}・通行する・川


えー……(汗)。ついに 16 文字の川名の登場です。地理院地図には「茂足寄アルヘチックシュナイ川」とありますので、これだと 14 文字ですね。

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」には、次のように記されていました。

モアショロアルペッチヤクシナイ
寺ノ沢(営林署図)
 上足寄集落の中ほどを、北側から本流に入っている。
 モアショロ・アルペッチア・クㇱ・ナイ(茂足寄川の・対岸を・通る・川)の意である。この沢のすぐ上流の東側から、茂足寄川が流入している。つまり、茂足寄川の対岸を流れているのが、この沢なのであった。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.179 より引用)

ふーむ。確かに曇りのない解釈なんですが、戊午日誌「東部報十勝誌」に次のような記載を見つけてしまいました。

     モアシユロアルヘツクシナイ
左りの方小川。是より本川は右のかたえ行也。其名義此川すじよりモアシユロえ山越道有りといへることなり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.331 より引用)

ここまで読むと、現在の「モアショロアルヘチツクシュナイ川」と特性がほぼ一致することがわかります(厳密には「モアシユロえ山越道有り」という部分が若干の疑問あり)。

戊午日誌の「問題の一文」

ところが、次に問題の一文が続きます。

源は女アカン岳のかたえ到る也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.331 より引用)

モアショロアルヘチツクシュナイ川の水源は足寄町と陸別町の境のあたりで、雌阿寒岳とは相当離れたところです。さて、この誤謬をどう読み解くかなのですが、戊午日誌のこのあたりは「アシヨロ土人イタコテ、クラムクル申口也」とあり、松浦武四郎が実際に踏破したわけではなく「聞き書きだよ」との断りが入っています。そのため、記載の信頼性については若干の疑問を挟むべきところです。

……ということで少し考えてみましたが、「戊午日誌の記載が怪しい」と考えれば全て辻褄が合いそうな気がしてきました(汗)。戊午日誌には「ワツカウエンアシユロ」という川の記録がありますが、これは現在の「白水川」ではないか、と考えられます。

戊午日誌の記載を素直に読み解くと、白水川が足寄川に合流する場所よりも上流側に「ホルナイ」(!)と「モアシユロアルヘツクシナイ」という「左りの方小川」があることになります。このあたりの記述は軒並み「左りの方」と「右のかた」が逆になっているので、実際には水源に向かって右側(=南側)から足寄川に注ぐ支流がある、ということになります。

ところが、仮にそのような川があったとしても、足寄川の南側を「白水川」が流れているため、地形上「源は女アカン岳のかたえ到る也」とはなり得ません。

なぜこのような誤りが含まれてしまったのかという話ですが、インフォーマントのアイヌが、「モアシユロアルヘツクシナイ」の水源ではなく「モアシユロ」(茂足寄川)の水源が「雌阿寒岳のあたりにある」と説明して、それを松浦武四郎が勘違いしたと考えると辻褄が合いそうな気がします。

閑話休題

ということで、ようやく本題の「モアショロアルヘチツクシュナイ川」をどう読み解くかという話ですが、「東西蝦夷山川地理取調図」には「モアシヨロルヘシヘナイ」という(幻の?)川が記されていました。これだと {mo-esoro}-ru-pes-pe-nay で「茂足寄・道・それにそって下る・もの(川)・川」となりますが、「もの(川)・川」というのは変な感じがします。

明治の頃の地形図には、現在と同じ位置に「モアシヨロアルペツチヤクシナイ」と記されていました。やはり素直にこれを読み解くのが正解だったようです。{mo-esoro}-ar-{pet-cha}-kus-nay であれば「{茂足寄}・向こう側の・{川岸}・通行する・川」と読めそうです。

ar-{pet-cha}-kus-nay というのはあまり聞いたことが無い形だったので若干疑ってしまったのですが、こういう地名(川名)もアリなんですね。覚えておこうと思います。

茂足寄(もあしょろ)

mo-{esoro(-pet)}
小さな・{足寄(川)}


足寄川の南支流の名前で、同名の集落もあります。mo-{esoro(-pet)} で「小さな・{足寄(川)}」という意味だと考えられます。

見事に「足寄」という大地名そのものの記事を書き忘れていましたので、近い将来に書くようにします(すいません)。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事