2018年10月6日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (569) 「イワシュケコマナイ川・イワケシ山・イワケシュ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

イワシュケコマナイ川

iwa-kes-oma-nay
霊山・末端・そこに入る・川
(典拠あり、類型あり)
北見市常呂町にある「イワケシ山」の西側から北に向かって流れ、最終的には佐呂間町でサロマ湖に入る川の名前です。地理院地図を良く見ると「イワケシュケコマナイ川」になっていますが、おそらく……どっちも間違いでしょう(汗)。

永田地名解には次のように記されていました。

Iwa kesh oma nai  イワ ケㇱュ オマ ナイ  山ノ端ニアル川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.464 より引用)
だいたいそんなところなんでしょうね。iwa-kes-oma-nay で「霊山・末端・そこに入る・川」と読めそうです。

イワケシ山

iwa-kes(-nupuri)
霊山・末端・山
(典拠あり、類型あり)
アイヌ語で「山」を意味する語彙としては nupuri が一般的ですが、他にも iwasir などが使われる場合があります(また相対的な概念としての「山」を意味する kim という語彙もあります)。sir は「大地」と解釈される場合が多いですが、実体として「山」を意味する場合も少なくありません。

iwa は「藻岩山」などでもお馴染みですが、元々は単なる山ではなく「神聖な山」として崇められる山を指していた、と考えられます。知里さんの「──小辞典」には次のように記されています。

語原は kamuy-iwak-i(神・住む・所)の省略形か。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.38 より引用)
ふむふむ。確かにその可能性もありそうですね。

自己言及パラドックス?

ということで「イワケシ山」なんですが、iwa が「聖なる山」で kes が「しものはずれ」ということになると若干おかしなことになります。「じゃあ iwa はどこなんだ」ということですね。

同じ疑問を山田秀三さんも抱いていたようで、「北海道の地名」には次のように記されていました。

 だがイワケシはイワ・ケシ(iwa-kesh 山・の末)で,元来の山名とも思えない。よくある例で,下の川の名から採った山名であろうかと思って来た。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.196 より引用)
確かに「イワケシ山」の南に「イワケシュ川」が流れています。ただ、

 南麓に現在イワケシュ川があるが,旧記,旧図にその名を見ない。恐らくは後の和人が山名の方から採って呼んだ名ではあるまいか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.196 より引用)
そうなんですよね。なんとなく後付けっぽい名前です。ということで、「イワケシ山」の由来について、山田さんは次のように考えたようです。

永田地名解に iwa-kesh-oma-nai とあるのもそれだった。それから見ると,その川の上の山なので,その川名を採ってイワケシ・ヌプリ「イワケシ(オマナイ)川の・山」と呼ぶようになったものか(この場合川名の下略はその例が多い)。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.196 より引用)
はい。確かにそう考えるのが自然でしょうね。iwa-kes(-nupuri) で「霊山・末端・山」と見て良さそうです。

ただ、山田さんはもう一つ面白い事実を発見していました。

 なお明治30年5万分図はこの川の下流南岸の小山の処にイワケシュ山と書き,そのすぐ上の大きなイワケシ山(現称)の処には何とも書いてない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.197 より引用)
むむっ……? あっ、確かに! 現在の「イワケシ山」は標高 425.3 m の山の名前ですが、明治の頃の地形図では「イワケシュケコマナイ川」の西側の標高 241.5 m のところに「イワケシュ山」と記されています。

だとすると、現在「イワケシ山」と呼ばれている標高 425.3 m の山が元来は iwa(聖なる山)と呼ばれていて、その北西に位置する標高 241.5 m の山が iwa-kes(-nupuri) で「聖なる山のはずれ(の山)」だったのかもしれません。ところが、

松浦氏登古呂日誌の文や挿画の中でもイハケシノホリと書かれている処から見ると,アイヌ時代からイワケシ・ヌプリ(山)と呼ばれていたものらしい。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.196 より引用)
つまり、実際には随分昔から iwa ではなく iwa-kes-nupuri だと認識されていたとのこと。「聖なる山のとなりの山」が「聖なる山」を食ってしまったという、面白い例ではないかと考えられそうです。

イワケシュ川

iwa-kes
霊山・末端
(典拠あり、類型あり)
北見市常呂町にある「イワケシ山」の南を流れる川の名前で、常呂川(の支流である福山川)の支流です。もはや蛇足感が満載ですが、一応ご紹介まで。

 南麓に現在イワケシュ川があるが,旧記,旧図にその名を見ない。恐らくは後の和人が山名の方から採って呼んだ名ではあるまいか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.196 より引用)
環境に優しいコピペでお送りします(汗)。「イワケシ山」という名前自体に若干の疑義があるというのは先程記した通りですが、現在の「イワケシ山」の南を流れるということで、イワケシ山から川名を借用したと考えられそうです。iwa-kes で「霊山・末端」ということになりますね。

昔の地形図を見てみると、現在のイワケシュ川と思しき位置に「ハッラ」と記されています。この「ハッラ」について、山田秀三さんは「オホーツク海沿岸の小さな町の記録」にて次のように記しています。

 ハッラというアイヌ語は考えられない。まずハッタラ(淵)の脱字したものかとも思ったが、今はそんな地形とも見えない。ハッ・タ(山葡萄を・採る)の訛りとも聞えるが、どうも判らない名である。
(山田秀三「アイヌ語地名の輪郭」草風館 p.100 より引用)
確かに……(思わず「そだねー」と返そうかと思ってしまったのは秘密です)。

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