2018年12月23日日曜日

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「日本奥地紀行」を読む (88) 新潟(新潟市) (1878/7/9)

 

イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在しますが、今日は「普及版」では完全にカットされた「第二十一信(つづき)」を読んでゆきます。



買い物下手

イザベラは、日本での買い物の経験から、「日本式買い物法」なるものが存在することを学んだようです。それは「会得すべき技」であると認識しつつも、「それだけの根気が無い」として実際に身につけるまでには至っていませんでした。

 見たところ日本式の買い物のしかたは会得すべき技のひとつのようですが、わたしにはそれだけの根気がありません。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.284 より引用)

イザベラの言う「日本式の買い物のしかた」とは、平たく言えば「値切りの技術」に他ならないものです。イザベラはこういった技術を「時間と労力の無駄」と考えていたようですが、一方で、店主が吹っかけた高値をほぼそのまま受け入れることも「馬鹿にされている」と感じていたようです。

悲しそうな店主、うれしそうな店主

イザベラは「日本式買い物法」の例を詳らかに記していました。

買いたいものがある場合はほかのものの値段をいくつか尋ね、その品物には関心のないふりを装います。たぶん店主は一〇円と言ってきます。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.284 より引用)

店主が「一〇円」と返した商品の適正価格については不明なままですが、この先のやり取りを見た限りでは、高くても「一円」が適正価格だったように思われます。

そうしたらこちらはさもおかしそうに笑い声をあげ、二円と答えます。店主はばかにしたように笑いますが、悪気はまったくありません。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.284 より引用)

「悪気はまったくありません」というのは重要なポイントかもしれません。店主に取ってはより多くの粗利を稼ぐのは当然の権利であり、またそれが自らの使命である、と考えている節があるようにも思えます。

こちらが取り合わないでいると、向こうは八円と言ってきます。こちらがまた笑い声をあげ、その辺をぶらぶら歩くと、店主はおかしそうに七円と言ってきます。こちらは無造作に三円と言います。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.284-285 より引用)

虚々実々の駆け引きが続きます。ブラフをかけているのは店主だけでは無いところも注目すべきポイントでしょうか。

店主は悲しそうに算盤をはじきそうな気配を見せます。そこでこちらは店を出ようとするふりを装います。すると向こうはおそらくぽんとうれしそうに手をたたき、「ゆろし」と言います。これは三円なら売ってもいいという意味です。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.285 より引用)

「ゆろし」と言う部分は原文でも yuroshi となっていましたが、どうやら「よろしい」だったようですね。狸の化かし合いはこれで終了です。

おそらくほんとうの値段よりずっと高いでしょう。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.285 より引用)

そういうことでしょうね。「十円」のものを「三円」で手放すのはかなりのディスカウントですが、実際にはこれでも十分利益は取れているものと考えるのが自然です。店主が当初「十円」と吹っかけてきたのも、ある程度のディスカウント要求が入ることを見据えたものと捉えることができますが、こういった商慣行は「正直者がバカを見る」仕組みでもあり、フェアでは無い、と感じられたかもしれません。

売り手が気むずかしくて陰気な場合、このやりとりは耐えがたくなりますが、こちらが丁重でにこにこしていれば、向こうもたいへん快い態度をとってくれます。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.285 より引用)

このあたりは、イザベラ姐さんの人生経験が活きるところ、なのかもしれませんね。

コンデンス・ミルク

イザベラは、新潟から先の旅程で使用することになるであろう旅行用品や食料などを準備すべく商店の品揃えをチェックしたようですが、その結果は芳しいものでは無かったようです。具体的には、物品が手に入らないのではなく、「適切な品質の物品」が手に入らない、という問題に直面したのでした。たとえば「コンデンス・ミルク」を購入したは良いものの……

「イーグル」印のコンデンス・ミルクを買いました。開けてみると、中身は青白い糖蜜で、吉草根が少々混じっています。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.285 より引用)

「吉草根」はカノコソウの根を原料とする生薬とのこと。要するに見た目こそ多少似ているものの、コンデンス・ミルクとは全く別のものを掴まされた、ということだったようです。

レモン・シュガー

「レモン・シュガー」という清涼飲料水についても似たような経験をすることになります。

「レモン・シュガー」を買いました。あの飲むに値する清涼飲料の、です。これはまんなかにガラスの小瓶があって、レモンの果汁ではなくコールタール臭のする油っぽい液体が入っている、たんなる砂糖水とわかりました。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.285 より引用)

また、イザベラはフランス製のコニャックも「元の値段の九分の一」で販売されているのを見かけました。イザベラもここまでの経験で学んだのか、流石にこの「自称フランス製コニャック」に手を出すことは無かったようです。

濃縮コーヒー

「明らかに安すぎる品は怪しい」と学んだイザベラですが、今度は……

スミス社製濃縮コーヒーを高い値段で買ったところ、悲しいかな、開けてみると苦い糊状に固まっており、伊藤はこれは人参の葉を煎じたものだと言っています。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.285 より引用)

これでもか! と言わんばかりの偽物のオンパレードですね。一連の買い物でイザベラが購入したもののうち、果たして「本物」があったのだろうか、と心配になります。あと、どのように「人参の葉を煎じたもの」と鑑定?したのかも気になるところです。

イザベラが掴まされた物の中には、「まがい物」とすら呼べない「偽物」以外に「危険物」もあったようです。

最近わたしは半透明の石鹸を何個か試しに買ってみました。そして使ってみたところ、半時間後に猩紅熱のような発疹が出てきてしまいました!
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.285 より引用)

もちろん、当該の石鹸がイザベラの肌に「合わなかった」というだけかもしれませんが、ここまでの流れを見た限りでは、そもそも品質面に問題があった可能性も十分ありそうな気がします。

厚顔無恥なペテン師

ここまで苦杯を嘗め続けたイザベラは、以下のように「告発」しています。

 事実を語るべきとするなら、貪欲さのせいで日本人は厚顔無恥なペテン師となっているのです。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.285-286 より引用)

まぁ、ここまでの具体例を見る限り、「厚顔無恥なペテン師」というイザベラの評を覆すことはできそうにありませんね。イザベラの「告発」は続きます。

外国製食料・飲料として売られているものの半分はじつに不快で有害なくずで、東京かどこかでつくられ、バス、マーテル、ギネス、クロス&ブラックウェルといった老舗の名前やラベルをつけた瓶に詰めて売り出されるのです。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.286 より引用)

ふーむ、なるほど。イザベラの見立てでは「半分」が「偽物」だと言うのですね。いや、ここだけの話、もっと偽物が多いのかな、と想像してました(汗)。

クロス&ブラックウェル社は不愉快で悪意のある詐欺行為を防ぐために、自社製品の瓶は空き瓶となったら割ってほしいと横浜の新聞各紙に依頼広告を定期的に載せています。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.286 より引用)

自社製品の空き瓶による「偽物」が流通していたことを企業側も承知していて、なんとか対策を講じようとしていたことがわかりますね。当時は今のように一度開封すると「開封済」という字が出るようなラベルなどが存在した筈もなく、空き瓶の再利用を防ぐ手立ては確立していなかったのでしょうね。

ローズ・デンティフリス

関西には「パチもん」という便利な言葉があります。「まがい物」(まがいもん)と意味するところは同じですが、語感のキレやリズム感の良さもあってか、「パチもん」という表現が広く使われています。

Wikipedia には「パチもん」の定義として「偽物の商品」とありますが、より正確には「似た名前・似たデザインで真似たもの」となろうかと思われます。ポイントとしては「似た名前」「似たデザイン」で、これは「似ているけれども同一では無い」ということを意味します。「似ているけれども良くみると違う、ゆえに『偽物』ではない」というロジックですね。故にそのネーミング(やデザイン)には巧みなものが多く、「一本取られた」気分になるものも少なくありません。

そういった「愛すべきパチもん」が 19 世紀の日本にも存在していたことがイザベラの記録により明らかになります。

偽物のなかには巧みに似せてはなはだ順調に売れているものもあります。また綴りに不可解な変化さえなければ、まんまと客をだませそうなものもあります。その例をひとつだけ挙げてみましょう。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.286 より引用)

「綴りの不可解な変化」は、まさしく「パチもん」の矜持のひとつですね。さて、その具体例ですが……

こんなわけで、歯磨き粉を買う人はふたに「ローズ・デンティフリス」[ローズ印歯磨き粉]と書いてあるイギリス風の箱を見てもべつにおかしいとは思いません。でもこの製品に巻いてあるラベルには「歯痛を止めるには無類の薬剤ローズ・デンティフルージュ」(歯の洗浄)と書いてあるのです。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.286 より引用)

原文を確かめたところ、本来は "Rose Dentifrice" とある筈のところに "Rose Dentifruge" と記されていたとのこと。……これはまさしく「パチもん」ですね(笑)。「偽物」を掴まされて憤懣やるかたない筈のイザベラ姐さんも、

これは偽物が本家本元にそっくりといえるくらいよくできているので、害はありません。
(イザベラ・バード/時岡敬子訳「イザベラ・バードの日本紀行 上」講談社 p.286 より引用)

「パチもん」に対しては無害認定しているのが微笑ましいですね。

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