2018年12月22日土曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

アイヌ語地名の傾向と対策 (590) 「エクヤシン沢川・由紀の沢・ウヤムナイ沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

エクヤシン沢川

yuk-san??
鹿・山から出てくる


レフ・ヤシンと言えば旧ソ連を代表するゴールキーパーで、また世界最高のゴールキーパーの一人でもあった人物です(懐かしいですね)。さてそんな「レフ・ヤシン」とどことなく似た感じのする(そうかな)「エクヤシン沢川」は、名寄川源流部にほど近いところを流れている東支流の名前です。

南隣には「エクヤシン左下の沢川」も流れています。確かに南西側、つまり地図では「左下」に位置しているのですが、実際に川の名前を「左下」にしてしまうのは凄いですね。

明治の頃の地形図には「ユクシヤン」と記されています。どうやら「シヤン」が「ヤシン」に化けてしまったようですが、これはやはりレフ・ヤシンの影響d(たぶん違う)。

「東西蝦夷山川地理取調図」を見てみると、「ユツクシヤム」と「ヘンケユツクシヤム」という川(どちらも東支流)が記されていました。現在「ガンケの沢川」という東支流がありますが、あるいはこれは「ヘンケユツクシヤム」の成れの果て……だったりするかもしれません。

正確なところは不明ですが、松浦武四郎が「ユツクシヤム」と記した河川名が、おそらくは明治に入ってすぐの頃に「エクシヤン」に誤認され、ついでに現在の「エクヤシン沢川」を指すことになってしまった……と考えられそうです(「エク」は「ユク」の誤記ではないか……という想像も含みます)。

あとは「ユツクシヤム」をどう解釈するかですが、yuk-san で「鹿・山から出てくる」あたりでは無いでしょうか。「シカ飛び出し注意」という川名だったのではないか……と想像してみました。

あるいは yuk-kus-yam(-nay) で「鹿・通行する・冷たい(・沢)」という可能性もあるかもしれません。

……あっ! よく見ると「エクヤシン沢川」を遡った先に「幾山岳」という山があるじゃないですか。これも yuk-san から来ていると考えられそうな気がします。

由紀の沢(ゆきのさわ?)

yuk-san???
鹿・山から出てくる


エクヤシン沢川を遡ると多くの沢が枝分かれしていますが、「由紀の沢」はエクヤシン沢川の南支流としてはおそらく最大のものです(北支流だと「下の沢川」と「上の沢川」のほかに名称不詳の沢もあり、いずれも「由紀の沢」よりも長いです)。

位置こそ多少違うものの、「エクヤシン沢川」が丁巳日誌にある「ユツクシヤム」ではないか、と言う推論を立ててみたわけですが、その支流のひとつである「由紀の沢」が「ユツクシヤム」ととても似ている、という(偶然にしては)面白い一致があります。

ということで、「エクシヤン」を経由して「エクヤシン」に改名されてしまった「ユツクシヤム」という名前が、上流部だけ生き残って「由紀の沢」になったのではないか……と考えてみました。意味するところは同じく yuk-san で「鹿・山から出てくる」ではないかと考えています。

ウヤムナイ沢川

wose-yam(-nay)?
(犬や狼が)遠吠えする・冷たい(・沢)


名寄川西支流の名前です。「エクヤシン沢川」が名寄川と合流したあたりから、5 km ほど川下側(北側)に下ったあたりで西から名寄川に合流しています。

少し調べた限りでは意味がさっぱり想像できなかったのですが、ウヤムヤに済ませるわけにも行かず(ぉぃ)、調べを進めたところ……明治の頃の地形図に「オーシヤム」と記されている川が、現在の「ウヤムナイ沢川」っぽいことがわかりました。

この「オーシヤム」、「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヲヽセコム」という民間警備会社のような名前で記されていますが、丁巳日誌「天之穂日誌」には「ヲヽセヤム」とありました。「コ」は「ヤ」の誤記だったと考えていいのかもしれません。

「ヲヽセヤム」「オーシヤム」あるいは「ウヤムナイ」からその意味を推測すると……良くわからないですね(ぉぃ)。素直に読み解くと wose-yam(-nay) で「(犬や狼が)遠吠えする・冷たい(・沢)」あたりになるのかなぁ、と思います。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事