2020年11月7日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (778) 「チャシパロマナイ川・ヌタップ川・和歌」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

チャシパロマナイ川

chasi-pa-oma-nay?
砦・かみのはずれ・そこにある・川

(? = 典拠あるが疑わしい、類型あり)

徳富川沿いに「学園」という集落があるのですが、チャシパロマナイ川は学園集落から少し遡ったところで南から徳富川に合流しています。大正時代の陸軍図を見ると徳富川の南側に「チャシパロマナイ」という地名が記されていましたが、地名としては失われてしまったようです。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「チヤシユシユケシユマナイ」という「すもももももも」的な川名と、「チヤシユユハヲマナイ」という川名が並んで描かれていました。これらの川の間に「チヤシニンシエロ」(?)という川も描かれていますが、これは北支流として描かれているので、一旦候補から外して良いでしょう。

明治時代の地形図には「チヤシケシヨマナイ」と「チャシパロマナイ」が並んで描かれていました。見たところ、現在の「学園六号川」が「チヤシケシヨマナイ」だったようです。

永田地名解にも次のように記されていました。

Chashi kesh oma nai チヤシ ケㇱュ オマ ナイ 砦端川 砦ノ端ニアル川、端トハ砦ノ下方ナリ
Chashi par'oma nai   チヤシ パロマ ナイ    砦口川 砦ノ口ニアル川、口トハ砦ノ上方ナリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.57-58 より引用)

chasi-kes-oma-nay の部分までは全く異論がありません。「砦・しものはずれ・そこにある・川」という解釈で良いかと思います。ただ、chasi-par-oma-nay については一考の余地があると思います。というのも、kes と対になる概念として pa があるため、chasi-pa-oma-nay で「砦・かみのはずれ・そこにある・川」と考えるほうが自然なのですね。

もちろん、これだと「──パロマナイ」とならないのですが、「──パオマナイ」が転訛して「──パロマナイ」と発音されるようになった、と考えたいです。

……と思いながら丁巳日誌「再篙石狩日誌」を眺めていたところ、次のように記されていることに気が付きました。

 並びてチヤシユケシユマ、並びてチヤシユレロマ、又少し上りてチヤシハヲマナイ、此処に昔城が有しと云、少しの土手跡有るなり。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.211-212 より引用)

「東西蝦夷山川地理取調図」では「チヤシユユハヲマナイ」という良くわからない川名になっていましたが、「再篙石狩日誌」にはちゃんと「チヤシハヲマナイ」と記されていましたね。やはり chasi-pa-oma-nay で「砦・かみのはずれ・そこにある・川」と考えて良さそうな感じです。

ヌタップ川

nutap-ka-oma-nay
川の湾曲内の土地・の上・そこにある・川

(典拠あり、類型あり)

新十津川町吉野の東で徳富川に合流する南支流の名前です。明治時代の地形図には「ヌタップヲマナイ」という名前の川が描かれていました。どうやら nutap-oma-nay で「川の湾曲内の土地・そこにある・川」と読めそうですね。-oma は自明であるとして省略されることがありますが、ここもその例の一つでしょうか。

徳富川は、新十津川町吉野のあたりで「への字」状に曲がっていますが、ヌタップ川は「への字」の中程あたりを南から北に向かって流れています。まさに「川の湾曲内の土地にある川」と言うに相応しいでしょうか。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ノタツコヲマナイ」という名前の川が描かれています。また丁巳日誌「再篙石狩日誌」には「ノタフコマナイ」と言う名前の川が記録されています。

永田地名解には次のように記されていました。

Nutap ka oma nai  ヌタㇷ゚ カ オマ ナイ  曲リノ上ニアル川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.58 より引用)

なるほど。「東西蝦夷山川地理取調図」の「──コヲマ」あるいは「再篙石狩日誌」の「──コマ」が -ka-oma ではないかという説ですね。なんか一本取られたかのようにすら思える、見事な解釈です。「ヌタップ川」は nutap-ka-oma-nay で「川の湾曲内の土地・の上・そこにある・川」となるでしょうか。

和歌(わっか)



(典拠あり、類型あり)

新十津川町吉野から見て西北西の位置に、「和歌」に「わっか」というルビのついた地名があります。そしてそこには「ワッカウエンベツ川」という川が流れているという、かなり「そのまんま感」の凄い地名です。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ワツカウエンベ」という名前の川が描かれています。永田地名解にも次のように記されていました。

Wakka wen pet  ワㇰカ ウェン ペッ  濁川 直譯水惡キ川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.56 より引用)

知里さん(知里真志保)が「永田地名解」を徹底的に批判していたことはご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、一方で自身で地名調査に赴く際は必ず永田地名解を持参していた、なんて話もあります。重度のツンデレ……だったかどうかはさておき、知里さんは永田地名解の解釈が逐語的ではなく、ふんわりした訳し方になっていたのが殊の外不満だったようです。

ただ、今回の地名解を見る限りでは「意訳」と「直訳」が併記されていて、個人的にはとても好印象です。wakka-wen-pet は「水・悪い・川」に他ならないのですが、永田方正は「水が濁っていたから」という一歩踏み込んだ解釈を記しています。まぁ、この解釈をどこまで信じていいのか、という根本的な問題はあるんですけどね……。

ちなみに、ワッカウェンベツ川の上流には堰堤で形成された貯水池があるのですが、名前が「和歌貯水池」なのだとか。「和歌」が「水」だということになれば「水貯水池」ということになりそうですね。

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