2018年11月4日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (577) 「ポンモエリペオマナイ川・ポンネナイ川・イルオナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ポンモエリペオマナイ川

pon-mokoripe-ot-nay
小さな・ボラ・群在する・川


網走市平和の北(ソオラルオツナイ川の北)を流れる小川の名前です。残念ながら地理院地図には名前が記されていません(川としての記載はあります)。

音からは pon-moyre-pe-oma-nay で「小さな・静かである・水・そこに入る・川」と読めそうですが……ところが、明治の頃の地形図(の写し)には「イナマオペクユモンポ」と記されています。これは左右逆なのですが、右から読んでも「ポンモユクペオマナイ」となりますね。

ところが、戊午日誌「西部能登呂誌」には更に違った形で記録されていました。

平山の岸をまた八丁計も過て
     ホンモコリベヲツナイ
此処小川なれども川口ふかし。其名義は鰡(ぶり)が此処に玉子をなすによって号るよし。モコリベは鰡の夷言也。惣て蝦夷地鰡の住る沼五ケ所有といへども、当時は此処とトウフチ計なるよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.132-133 より引用)※ ()内のルビは編者による

秋葉さんは「鰡」に「ぶり」というルビを振っていますが、現在は「鰡」は「ボラ」と読むようです。知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」にも次のように記されていました。

(18) モコリペウシナイ(Mokoripe-ush-nai) モコリペ「ぼら」,ウㇱ「多く居る」,ナイ「川」。川口にぼらが沢山居た。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.277 より引用)

ふむふむ。mokoripe-us-nay で「ボラ・多くいる・川」なのですね。mokoripe で「ボラ」という語彙は、他ならぬ知里さんの「動物編」の p.6 に記されています。

モコリペは「眠り魚」の義で,この魚は夏になると水面に浮んで昼寝をするのでいくらでも手ずかみすることができたという。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.277 より引用)

確かに mokor で「眠る、眠りにつく」を意味するようです。語義を更にドリルダウンすると mo-kor で「静けさ・を持つ」となるようですね。どこかで聞いたことがあるなぁ……と思ったのですが、そうだ「藻琴」の由来ではないかと言われていたのでした(藻琴の由来については、他にも諸説ありますが)。

今頃気づいたのですが、知里さんが記しているのは「モコリペウシナイ」で、これは網走市能取を流れている「ルートモトイエナイ川」の別名だっただそうです。現在話題にしている「ポンモエリペオマナイ川」は戊午日誌にある「ホンモコリベヲツナイ」のことで、pon-mokoripe-ot-nay で「小さな・ボラ・群在する・川」と読み解けそうです。

それにしても、「モコリベ」が「モユクペ」になり、やがて「モエリペ」になったというのは、誤記がどのように発生するかが手に取るようにわかって面白いですね(「コ」は「エ」に進化?し、「リ」は一度は「ク」になるも元に戻っている)。

ポンネナイ川

pon-{onne-nay}
小さな・{親・川}


「オンネナイ川」であれば道内のあちこちで見かけますが、今回は「ポンネナイ川」です。まぁなんとなく想像が付きそうですが、知里さんの「網走郡内アイヌ語地名解」を見ておきましょうか。

(24) ポンネナイ(オンネナイの枝川) 正しい形はポン・オンネナイでオンネナイの子川の義。オンネナイを親川と考え, その上流の枝川を子川と見たのである。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『網走郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.277 より引用)

うーん。現在、地形図を眺めた限りでは、「オンネナイ川」は「ニタテヨコツナイ川」の北(ポンネナイ川からは南側に少し離れている)にあるものの、「ポンネナイ川」との接点はありません。「ポンネナイ川」(ちなみに地理院地図では「ポンコナイ川」となっています)自体にも支流があるのですが、もしかしたらこの支流が元は「オンネナイ川」だったのでしょうか。

「ポンネナイ川」の「親川」である筈の「オンネナイ」の不在は永田方正も気にしたのか、次のような地名解を記していました。

Ponne nai  ポンネ ナイ  小川 小サクアル川ノ義
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.477 より引用)

pon-ne-nay で「小さい・ような・川」と考えたのかもしれませんが、これは文法的にちょっとおかしい気がします(多くの場合、ne の前には名詞が入ります)。

永田方正の時代(明治の頃)に、既に「ポンネナイ」という名前だったことは興味深いですが、戊午日誌「西部能登呂誌」には次のように記されていました。

また十丁計も行て
     ホンヲン子ナイ
此川沼中第三番の川にて、ヲン子ナイよりは少し細きが故にホンの字を帯はする哉と思はる。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.133 より引用)

あー、pon-onne-nay という記録がしっかりと残っていましたね。であればこれ以上疑問を差し挟む余地も無さそうです。pon-{onne-nay} で「小さな・{親・川}(「親川」の支流?)だったと考えていいと思います。

イルオナイ川

i-ru-o-nay
アレ(熊)・足跡・多くある・川


ポンネナイ川(地理院地図では「ポンコナイ川」)の北を流れて、ポンネナイ川と同様に能取湖に注ぐ川の名前です。

地名における i- は「アレ」と表現することが多いのですが、もう少しだけ正確に言えば「言挙げを憚る対象」を意味します(このあたりは日本語と似てますね)。アイヌが言挙げを憚るのは「それ」を忌み嫌っているということで、具体的には羆だったりマムシだったり蛇だったりと様々です(エゾオオカミという可能性もあったのかもしれません)。

「イルオナイ川」も「アレ系」の川名で、ここでは「熊」のことだと伝わっています。戊午日誌「西部能登呂誌」を見ておきましょうか。

また平のすそ七八丁にて
     イリヲナイ
此処も小川有。熊常に山より水を呑に此処え下るが故に此名有りと云。イリヲとは熊の足跡のよし也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.133 より引用)

また、永田地名解にも次のように記されています。

Iru-o nai  イルオ ナイ  熊徑川 「」ハ汝等、「」ハ徑、「」ハ之ナリ、直譯汝等ノ徑ノ川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.477 より引用)

うーむ。間違っているわけでは無いのですが、「直訳」はなんかすっきりしない感じですね。i-ru-o-nay で「アレ(熊)・足跡・多くある・川」と考えて良いかと思います。

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