2019年3月9日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (612) 「ナイエ川・ローベツ川・春志内」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ナイエ川

nay-e-etaye-pet??
沢・頭・引っ張る・川
nay-e-pis-oma-p???
沢・頭・浜・そこに入る・もの


旭川市江丹別町と言えば国内有数の低気温の名所として知られるところで、石狩川の北支流である「江丹別川」が流れています。ナイエ川は江丹別川の西支流で、江丹別町共和で江丹別川に合流しています。湯内トンネルに向かう道道 98 号「旭川多度志線」の北側を流れている、と言ったほうがわかりやすいかも知れませんね。

このナイエ川ですが、丁巳日誌「再篙石狩日誌」には次のように記されていました。

 扨此川すじの事は、川口少し上りてヲソシナイ右の方、少し上りハナワナヱ、ヘナワナヱ、
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.251 より引用)

pana-wa-an-{nay-e} であれば「川下・に・ある・{ナイエ}」となりますね。pena- だと「川上」となります。

知里さんの「上川郡アイヌ語地名解」では、現在の名前に少し近づいた形で変化していることがわかります。

 ポンナエ(Pón-naye「小さい・谷川」)
 ナエ(Nayé「谷川」)
(知里真志保「知里真志保著作集 3『上川郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.323 より引用)

昔の地形図を見てみると、「ポンナイエ」は「ナイエ」の南側を流れているように描かれています。どうやら現在「江丹別第五線川」と呼ばれている川が、かつての「ポンナイエ」のようです。

あとは「ナイエ」をどう解釈するかなのですが、ここも士別の「西内大部川」と同様に nay-e-etaye-pet で「沢・頭・引っ張る・川」(水源が山に引っ張られた川)か、あるいは nay-e-pis-oma-p で「沢・頭・浜・そこに入る・もの」(水源が海のほうにあるもの)あたりかなぁ、と思えます。

今回は幸いなことに「ナイエ川」と「江丹別第五線川」の両者に共通した特色を見いだせれば良いのですが、nay-e-etaye-pet のように捉えられますし、nay-e-pis-oma-p のようにも捉えることができてしまいます。

「ナエ」という川がお隣の鷹栖町にもあったようで、水源を遡るとどうやらまっすぐ「半面山」の頂上に向かっているようです。この事実を考えると nay-e-etaye-pet(水源が山に引っ張られた川)のようにも思えますが、江丹別の「ナイエ川」方面に向かう峠道として使われた可能性もあるのが悩ましいところです。

ローベツ川

ru-o-pet
道・そこにある・川


江丹別町中園のあたりで江丹別川に合流する西支流の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」や丁巳日誌「再篙石狩日誌」には「ルウナイ」という名前の川が記録されていますが、これがどうやら現在の「ローベツ川」のようです。

永田地名解にも「ルオナイ」とあり、知里さんの「上川郡アイヌ語地名解」にも次のように記されていました。

 ルオナイ(Rú-o-nai「道・ついている・沢」)「ルオペツ」と書いている地図もある。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『上川郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.323 より引用)

確かに手元の古い地図を見ると軒並み「ルオペッ」や「ロオベツ」と記されているのですが、「再篙石狩日誌」や「永田地名解」は「ルウナイ」「ルオナイ」としています。これだけ綺麗に分かれるのも割と珍しいかもしれません。

あ、肝心の地名解ですが、知里さんの言う通り ru-o-nay で「道・そこにある・川」と解釈して良いかと思います。ru-o-pet であっても同様に「道・そこにある・川」ですね。ローベツ川を遡って山を越えると、深川市の上幌内に出ることができますので、峠道のある川だったということかと思います。

春志内(はるしない)

haru-us-nay
食料・ある・川


旭川と深川の間の「神居古潭」は石狩川の最大の難所として有名です。国道 12 号で旭川から深川に向かう際は、「春志内トンネル」を抜けた後、石狩川の南側を西に向かうことになります。

丁巳日誌「再篙石狩日誌」には次のように記されていました。

     ハルシナイ
右の岸小川、幅六間計急流也。ハルは食物の事也。此処下るものも上るものも、此処え飯料置処なるが故に号る也。柳の木有。此下少しの平地有。依て此処に止宿す。シキウシハより此処までをカモイコタンと云也。此間凡一里と云えども少し近し。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.245 より引用)

この「ハルシナイ」という「右の岸小川」は、現在「神居第四線川」と呼ばれる川のことだと考えられます。haru-us-nay で「食料・ある・川」と解釈できそうですね。ここから西に向かうには神居古潭の激湍を通り抜ける必要があるため、天気の悪い日や増水した日は「ハルシナイ」で待機するという、ベースキャンプのような場所だったのかもしれません。

小樽の「張碓」も haru-us だったように記憶しています。他所にも似たような地名がありそうです。

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