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旅行記(主に北海道)・乗車記・フェリー乗船記・ホテル宿泊記やアイヌ語地名の紹介など。ネタ視点多めで毎日懲りずにお送りしています
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アイヌ語地名
2014年1月19日日曜日
「日本奥地紀行」を読む (33) 春日部 (1878/6/10)
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引き続き、1878/6/10 付けの「第六信」(本来は「第九信」)を見ていきます。 粕壁の宿屋 東京を出て、農村を観察し、茶屋で一服した後、イザベラ一行は粕壁(春日部)に到着しました。 私たちはよく人の往来する街道に沿って粕壁まで水田の間を一日中旅をした。粕壁はかなり...
2014年1月18日土曜日
「日本奥地紀行」を読む (32) 東京~春日部 (1878/6/10)
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引き続き、1878/6/10 付けの「第六信」(本来は「第九信」)を見ていきます。 稲作 イザベラ一行は、やがて街道筋を離れ、農村部にやってきます。 何百人という男女の姿も、膝まで泥につかっていた。というのは、この関東平野は主として大きな水田地帯からなり、今が田植えの...
2014年1月17日金曜日
利尻・礼文の旅 2012/夏 (188) 「歌登町営軌道」
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この道はいつか来た道 音威子府からは、国道 275 号を小頓別まで走ります。この区間を走るのは、Day 2 に引き続き二度目となります(……どうでもいいですね、ハイ)。 真っ黒な蕎麦で有名な音威子府駅の前を左折して…… 宗谷本線の下をくぐって、小頓別に向かいます。...
2014年1月16日木曜日
利尻・礼文の旅 2012/夏 (187) 「音威子府村へ」
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国道 40 号を東へ 中川町佐久から、国道 40 号で音威子府村に向かいます。途中、かつて国鉄神威(かもい)駅があったあたりを通ります(但し、川の向こう側ですが……)。 音威子府村までは約 23 km。もう、割と近所ですね。 覆道、そして隧道 天塩川沿いの...
2014年1月15日水曜日
利尻・礼文の旅 2012/夏 (186) 「咲花トンネル」
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遠別から中川へ 遠別町の国道 232 号線を南に向かいます。 ……が、このままだと羽幌に行ってしまうので、遠別町啓明で左折して、道道 119 号を東へと向かいます。 突然農業用トレーラーと出くわしたりしてちょっと驚いたりもしましたが……。 快適な道を...
2014年1月14日火曜日
利尻・礼文の旅 2012/夏 (185) 「ちゅーちゅープリンへの道は遠く」
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この森は…… 幌延から天塩に向けて、国道 232 号を南進します。 すると……。国道は森の中に入っていきます。 この森は、かつてジム・クラーク……ではなく、国鉄羽幌線の防風林だったのだそうです。つまり、今、道路として使われているところに、かつて線路が走っていた...
2014年1月13日月曜日
利尻・礼文の旅 2012/夏 (184) 「天塩大橋」
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天塩大橋 T 字路を左折して、国道 40 号(と国道 232 号の重複区間)を南に向かいます。 天塩川にかかる「天塩大橋」を渡ります。 随分と立派な曲弦トラス橋を渡ると、 天塩町に入ります。 天塩天売国道 天塩大橋を渡ったところで、内陸経由...
2014年1月12日日曜日
「日本奥地紀行」を読む (31) 東京~春日部 (1878/6/10)
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引き続き、1878/6/10 付けの「第六信」(本来は「第九信」)を見ていきます。 旅券 イザベラは、日本の奥地を旅するにあたって、英国公使ハリー・パークスから「事実上は無制限ともいうべき旅券」を入手した、と記しています。「普通の片道切符」ではなく「周遊券」を手にしたような...
2014年1月11日土曜日
「日本奥地紀行」を読む (30) 東京 (1878/6/10)
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それでは、今日からは 1878/6/10 付けの「第六信」(本来は「第九信」)を見ていきます。ようやく奥地への旅がスタートします。 心配 浅草観光を楽しんだイザベラですが、早くも翌日には本格的な「奥地紀行」をスタートさせます。 日付を見ればわかるように、私は長い旅行を...
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