2025年12月10日水曜日

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メモリアルシップ八甲田丸 (15) 「スユニ 50 509」

 

1F「車両甲板」を見学します。前方に青い保存車両が見えていますね。
【ご注意ください】この記事の内容は、特記のない限りは 2017 年 8 月時点のものです。各種サービスの実施状況や利用時間などが現在と異なる可能性があります。

右側のプラットホームのような構造物に上がるための階段には「非常口につき立入禁止」の札がかけられていました。
階段に通じると見られるドアには「かげに人がいる 開閉に注意」とペイントされていました。このドアは現役時代のものでしょうか。

自動連結器付車止め、ふたたび

保存車両(スユニ 50 のようですね)のすぐ前までやってきました。右側の奥に車掌車(緩急車かも)と「八甲田丸」のシンボルマークが見えますが、エレベーターから下りた時に見たものですね(位置関係を把握する一助になれば……)。
時計回りの見学順路を進みます。
あれ、また「自動連結器付車止め(油圧緩衝器付)」がありますね。
同じものを複数展示しないでも……と思ってしまいますが、車両甲板に 4 線がある以上、車止めが 4 つあるのも当然でしたね。そして車止めがあったということは、車両甲板は船尾部から出入りする構造で、カーフェリーで良く見られる前後にドアがありスルーできる構造では無い……ということですね。

スユニ 50 509

それでは、スユニ 50 をじっくりと見学しましょう。車両甲板は日光が差し込まない構造ですが、しっかりとライティングされています。特に車両の下部が重点的にライティングされていて、より暗くなりがちな車両下部が見やすくなっていますね。
乗務員室のドアは「電車内 立入禁止」と書かれた札で封鎖されていました。
スユニ 50 は「ユ」(郵便)と「ニ」(荷物)を運搬する車両で、車体には「荷物」の文字も見えます。手前(右側)の内窓が跳ね上げられていますが、二重窓だったんですね。
窓の処理などは 10 系客車や 111 系電車と通じるものがあるのですが、スユニ 50 の製造初年は 1977(昭和 52)年とのこと。「レッドトレイン」こと 50 系客車の仲間ということでしょうか。

北海道仕様

「スユニ 50 509」とペイントされています。塗装の状態は良さそうに見えますが、やはり雨風に晒されていないのが大きいのでしょうか。二重窓になっていましたが、やはり 500 番台は「北海道用」とのこと。
お隣もスユニ 50 のようですね。スユニ 50 500 番台は国鉄時代に 17 両が製造されたものの、1986(昭和 61)年に郵便・荷物輸送が廃止された関係で JR には僅か 4 両のみが引き継がれ、他は全て 1986(昭和 61)年から 1987 年にかけて廃車の憂き目に合っています。
スユニ 50 509 も国鉄時代の 1987(昭和 62)年 2 月に廃車されたものの、幸運なことに「八甲田丸」で保存されることになった……ということのようです。隣のスユニ 50 510 も 1 ヶ月ほど遅れて(509 と同じ)国鉄名古屋工場で竣工し、509 と同日に廃車され、同じく「八甲田丸」で保存されることになったのですが、まるで「義兄弟の契り」を結んだかのようですね。

このパイプは何?

ところで、ちょっと謎だったのがこれなんですが……。通路が浮き上がっているのですが、パイプを跨いでいるように見えます。
おそらくこのパイプが繋がっているのだと思われるのですが、これは何なんでしょう。バルブが見えるのですが、温水を循環させる暖房装置とかでしょうか……?

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