2025年5月25日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1239) 「ニカンベツ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ニカンベツ川

ni-kan-pet?
木・上方(表面)にある・川
(? = 旧地図に記載あり、既存説に疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
幌泉郡えりも町と様似郡様似町の境界を流れる川です。川を境界にするのは権利面で争いの種になるという問題もあるものの、ニカンベツ川は江戸時代からずっと様似と幌泉(えりも町)の境界だったみたいです。

北海道実測切図』(1895 頃) には「ニカンペッ」という川が描かれていて、川のえりも町側に町界が描かれています(川は様似側に所属しているように見えます)。

東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にも「ニカンヘツ」とあり、「ルヘシベ」や「シユマウシ」「ヘタヌ」といった支流が描かれています。

まずは表から

古くから名の知れた川なので、記録も多そうです。手元の記録をまとめてみました。

東蝦夷地名考 (1808)ニカンベツニカルベツなり
木を刈川と訳す
東行漫筆 (1809)ニカンヘツ-
大日本沿海輿地全図 (1821)ニカンベツ川-
蝦夷地名考幷里程記 (1824)ニカンベツニカウンベツの略語
木の実の生する川
初航蝦夷日誌 (1850)ニカンベツ-
竹四郎廻浦日記 (1856)ニカンヘツニカンは釣と云う
午手控 (1858)ニカンヘツ本名ニーカンヘツ
川尻に木多く寄る
東西蝦夷山川地理取調図 (1859)ニカンヘツ-
東蝦夷日誌 (1863-1867)ニカンベツ
〔二漢川〕
ニカウシベツ
くだものの有川
改正北海道全図 (1887)ニカンヘツ川-
永田地名解 (1891)ニ カン ペッ楡皮を取る川
昔は「ニカプウンペツ」と云った
北海道実測切図 (1895 頃)ニカンペッ-

一見、バリエーションが無数にあるようにも思えますが、実際は数種類に収斂しそうにも思えます(それでも十分多いですが)。

「木を刈る川」説

まず秦檍丸(秦檍麿)『東蝦夷地名考』の解ですが、ni-kar-pet で「木・刈る・川」と考えたようです。おそらく本来は ni-kar(-us)-pet あたりで「木・刈る(・いつもする)・川」だったのかもしれません。

この解は kar-kan- に化けたことが前提になりますが、あるいはかつて ni-kan-nay と呼ばれたことがあって、-nay がいつの間にか -pet に化けた……と想像することも、一応は可能でしょうか。

「木の実のある川」説

続いて上原熊次郎の解ですが、これは nikaop-un-pet で「木の実・ある・川」でしょうか。nikaop は、田村すず子さんの『アイヌ語沙流方言辞典』(1996) によると ni-ka-o-p で「木・の上・につく・もの」と分解できるとのことで、ni-ka-o-p-un-pet となる代わりに意味が重複する -o-p を省いて nika-un-pet にした……ということになるのでしょうか。

「ラッコを釣った川」説

最も謎なのが『竹四郎廻浦日記』の解で……

     ニカンヘツ
此処まで浜道也。地名ニカンは釣と云事也。昔夷人の頭猟虎を釣しと云訳也とかや。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読『竹四郎廻浦日記 下』北海道出版企画センター p.490 より引用)
「昔ラッコを釣ったことがあるので」とのこと。果たして「ニカン」にそのような意味があったかどうかは不明ですが、『藻汐草』(1804) に「釣り針」を意味する「ナー」という語が記録されているとのこと。

「ニカン」を「釣り」、あるいは「ラッコ」と解釈できる余地がないか軽く当たってみましたが、手元の資料を見る限りではちょっと難しそうな感じでした。地名解と言うよりは故事の口承だったと見るべきかもしれません。

「川尻に木が寄る川」説

『午手控』では「ニカンヘツ」を「川尻に木が寄る川」だとしています。ni-kan-pet で「木・上方にある・川」と解したものでしょうか。kanka-un(上方・にある)と分解することもできそうです。

「果物のある川」説ほか

ところが東蝦夷日誌では、こんな風にコロっと話が変わっていました。

扨境目ニカンベツ〔二漢川〕(急流、冬分はしを架る)、北岸崖にして南岸平地。名義はニカウシベツと云、くだものの有川と云儀。菓は紫蒲やまぶ〔葡〕どう獼猴桃さるなしの類也。又ニーヤンベツにて、川尻迄樹木有が故とも云り(地名解)。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編『新版 蝦夷日誌(上)』時事通信社 p.*** より引用)
「果物のある川」説は上原熊次郎の解と同じですね。「ニーヤンベツ」は新たな説のようにも見えますが、ni-yan-pet で「漂木・陸に寄る・川」あたりでしょうか。

「樹皮のある川」説

永田地名解はちょっと変化球を出してきました。

Ni kan pet   ニ カン ペッ   楡皮ヲ取ル川 昔ハ「ニカプウンペツ」ト云ヒシ由
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.283 より引用)
nikap(-un)-pet で「樹皮(・ある)・川」と解釈すれば良いでしょうか。昔は「ニカプウンペツ」と呼んだ……という補足がありますが、ちょっと出来過ぎのような気も……(色眼鏡では)。

まとめ

ということで、諸説紛々に見えた各種の記録ですが、ざっくりこんな風にまとめられるでしょうか。
  • ni-kar-pet で「木を刈る川」説
  • 「ラッコを釣った川」説
  • nikaop-un-pet で「果物のある川」説
  • ni-kan-pet あるいは ni-yan-pet で「川尻に木が寄る川」説
  • nikap(-un)-pet で「樹皮のある川」説

「地名としての違和感」というアナログな指標で見てみると(ぉぃ)、「ラッコを釣った川」は選外として、「果物のある川」や「樹皮のある川」には若干の違和感を覚えます(どちらも後づけの解釈っぽい雰囲気を感じるのですね)。

「木を刈る説」は kar-kan- に転訛するメカニズムが若干謎なものの、比較的違和感の少ない説であるように思えます。ただ「川尻に木が寄る川」説のほうがより違和感が少ないんですよね。

めちゃくちゃアナログな詰め方で恐縮ですが、「ニカンベツ川」は ni-kan-pet で「木・上方(表面)にある・川」、つまり「川尻に木が寄る川」(漂木のある川)だったのでは無いでしょうか。

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