2025年5月18日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1237) 「アベヤキ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

アベヤキ川

ape-ya-ke??
炉・の近く・のところ
(?? = 旧地図に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
えりも町字大和(ノツナイ地区)と字笛舞(下笛舞地区)の間を流れる川です。ルチシ山の北西(アベヤキ川の北西)には「阿部焼」という名前の三等三角点(標高 619.8 m)も存在します。そのまんまの当て字ですね……。

北海道実測切図』(1895 頃) には「アベヤキ川」と描かれています。『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にも「アヘヤキ」という名前の川が描かれていて、上流部には「ホンアヘヤキ」や「シノマンアヘヤキ」と呼ばれる川が描かれていました。

そこそこ名の知れた川なので、手元にある記録を表にまとめてみました。

東蝦夷地名考 (1808)アベヤキベツアベヤキは蝉の名
大日本沿海輿地全図 (1821)アヘヤニ川-
初航蝦夷日誌 (1850)アヱヤキ・アヘヤキ-
竹四郎廻浦日記 (1856)アベヤキ蝉を焼きし
辰手控 (1856)アヘヤキ蝉焼たと云こと
午手控 (1858)アヘヤキ判官様平き岩石にて魚をやきて喰せし処
東西蝦夷山川地理取調図
(1859)
アヘヤキ-
東蝦夷日誌 (1863-1867)アベヤキアベは火、ヤキは蝉
永田地名解 (1891)アベ ヤキ赤蝉
北海道実測切図 (1895 頃)アベヤキ川-

殆どが「蝉を焼いた」あるいは「赤い蝉」とする中、「判官様(源義経)が魚を焼いて食った」とする解が異彩を放っていますね。

東蝦夷日誌には次のように記されていました。

アベヤキ(小川、夷家)名義、アベは火也、ヤキは蝉也。往昔大る火の如く光焔々たる蝉が出しが故號く。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編『新版 蝦夷日誌(上)』時事通信社 p.231-232 より引用)
ape-yaki で「火・セミ」だとするのですが、地名としては珍妙な感じが否めません。山田秀三さんは『北海道の地名』(1994) にて次のように記していました。

アペ・ヤキ(火・蝉)で赤い蝉の意。それがここにいたのだという。
(山田秀三『北海道の地名』草風館 p.339 より引用)
既存の説を紹介するに留まっているのですが、どことなく投げやりな感じも……。

apa 系地名の可能性

もう少し具体的な、あるいは現実的な解釈が成り立たないだろうかと思って考えてみました。apa(戸口)に相当しそうな蛇行は見当たらないなぁ……と思ったのですが、よく見るとこんな地形がありました。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
川自体は蛇行を強いられているわけでは無いのですが、この尾根の存在感はなかなかのものです。これを apa(厳密には apa の手前の壁)と認識したとしても不思議はなさそうに思えます(個人の感想ですが(汗))。

-yaki とは……?

となると -yaki をどう考えるかなのですが、改めて『地名アイヌ語小辞典』(1956) を見てみると……

yá-ke やケ ……の岸べ。
知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.144 より引用)
あら。こんな便利な語彙があったとは(ぉぃ)。yá-ke と分解されている通り、yake(ところ)なのですが、ya は「(沖に対する)陸」なので、内陸部の地名としては違和感が残ります。

ところが、これまた『小辞典』を見てみると……

ya や(やー)①「rep 沖」に対して)陸;陸岸;陸の方。②炉の中心から見て炉ぶちに近い方。
(知里真志保『地名アイヌ語小辞典』北海道出版企画センター p.144 より引用)
あああ、そうか……。apachise(住居)の入口で、chise の中には apeoy(炉、ape と略す場合もあり)があります。つまり apa の向こうには apeoy (ape) がある筈なのです(もちろんこれは比喩なので、実際に炉があるわけではありません)。
「アベヤキ」は ape-ya-ke で「炉・の近く・のところ」だったのではないか……と考えてみました(あるいはもっと素直に apa-ya-ke で「入口・の近く・のところ」とも考えられるかも)。具体的には件の尾根の向こう側、「阿部焼」三角点の麓のあたりの地名だったのではないでしょうか。

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