2026年9月22日火曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

「日本奥地紀行」を読む (193) 蓴菜沼(亀田郡七飯町) (1878/8/17(土))

 

イザベラ・バードの『日本奥地紀行』(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日は引き続き普及版の「第三十五信」(初版では「第四十信」)を見ていきます。
この記事内の見出しは高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。この対照表は、高梨謙吉訳『日本奥地紀行』(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳『バード 日本紀行』(雄松堂出版)の内容を元に作成されたものです。

蓴菜沼じゅんさいぬま」は「大沼公園」のある大沼・小沼の西に位置する小さな沼ですが、沼の東側を現在の国道 5 号に相当する幹線道路が通っているため、道路交通の要衝となっていたのかもしれません。

なお現在の国道 5 号は「大沼トンネル」で小沼の西側に出て、そこから蓴菜沼に向かっていますが、かつてはトンネルの手前からそのまま北上して、標高 300 m ほどの峠を越えて直接蓴菜沼に出ていたようです。

この旧道は未舗装路ですが、廃道ということでは無さそうな感じです。蓴菜沼側の入口をストリートビューで眺めてみたところ……


あ。

役所の証文

イザベラの「奥地紀行」は事実上「英国政府公認」だったと思しき節があり、有形無形の支援を受けていたことを明記しています。函館でも英国領事のリチャード・ユースデンの働きかけで「知事から証文を貰うことができた」と記しています。

これは一種の公文書あるいは証明書で、どこでも馬や人夫を一里六銭の公定値段で手に入れる権利を保証するものであり、役人の巡回出張に使用するため維持してある家で優先的に宿泊する権利があり、どこでも役人から援助を受けることができるというものであった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.347 より引用)
これは……とても使えるブツをゲットしたようですね。「役人の巡回出張に使用するため維持してある家」というのが気になりましたが、これは「駅逓」とは別のものなんでしょうか……? まさか「グリーンピア大沼」だったりして

リチャード・ユースデンがイザベラのために行った「働きかけ」は相当なものだったようで……

さらに政庁は、噴火湾の対岸に電報を打って、私が必要とする限り政庁の人力車を使用させること、そして私に便宜をはかるために汽船を待たしておくように頼んでくれた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.347 より引用)
……。イザベラが平取に向かう直前には「小シーボルト」が探検に出かけていますが、これも実はイザベラの旅行の前の「地ならし」だった可能性があります。しかもイザベラは呑気なことに「小シーボルトの探検は失敗する!」と断言していたりもするのですが。

そして英国領事によるこの働きかけです。これは「便宜を図る」という以上のものがあったのでは……とすら思えてきました。要は「大英帝国の名誉にかけて『奥地紀行』は成功させなければならない」くらいの気合が入っていたような気もしますし、イザベラはそのことを知っていながら『日本奥地紀行』では敢えて記さなかったのか、それとも全く能天気に最後までそのことに気づかなかったのか……?

この書類があれば、旅券がなくてもすむだろうし、私の旅行はとても容易になるであろう。これを手に入れてくれたことに対し、領事に深く感謝する。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.347 より引用)
これは確かにその通りですよね。まぁイザベラはここまでの旅で意味もなく旅券をあらためられることもあったので、まあ偶には良い思いもさせてあげないと……とも思いますが。

「先頭馬」

イザベラは「蓴菜沼」の宿屋についての情報を記していました。この辺は「地球の歩き方」みたいですね。「米と茶を輸入しなければならぬ」とありますが、まだ函館の周辺での米作には成功していなかったのか、それとも絶対量が不足していたのか……?

 ここでは米と茶を輸入しなければならぬので、宿屋は一旦二十銭の均一料金である。それには、食べても食べなくとも三食が含まれている。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.347 より引用)
また、人や荷物を運搬する馬について、ちょっと面白いことを記していました。

蹄は非常に浅く、先端が細くなって上に曲がったり、その他の奇妙な形をしているが、凸凹道をらくらくと進み、「先頭馬」と呼ばれる先導の馬の後について一時間に四マイル以上の速度で競走するように急ぐ。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.348 より引用)
どこかで聞いたことがあるような話ですが、「動物のお医者さん」の「犬ぞりレース」でしょうか。

もし先頭馬がいないと、先頭に立って乗ろうとしても別の馬が前にいない限り馬は決して動こうとしない。そのようなときには、馬は乗る人の意志にお構いなしに先頭馬の動きについて行くのだから、まったくお手あげとなる。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.348 より引用)
これはまあ、そういう訓練をしたから……なんでしょうけど、本州などではどうだったのでしょう。それほど北海道に特化した話でも無さそうな気もするのですが……。

馬子というものはなく、先頭馬に乗った者が自分の好きな速度で進めばよい。先頭馬が手に入れば、他に人がいなくても進むことができる。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.348 より引用)
あ、なるほど。これは便利かもしれないですね。なおイザベラは「馬は安くて豊富にいる」とした上で「ひどく虐待されている」とも記しています。

今まで背中に傷のない馬を見たことがないが、それは荷物を積んだ馬を駆け足で進ませるので、お粗末な荷鞍が背骨をごしごし擦るからできるのである。たいていの馬は貧弱な様子をしている。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.348 より引用)
うーん。北の大地は人に対しても楽ではない環境ですが、馬にとってもなかなか厳しい環境だったのですね。

 私が馬を手に入れるのは少し難しかったので、領事は開拓使の駄馬を一頭送ってよこした。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.348 より引用)
「少し難しかった」としていますが、そう言えば通訳兼アシスタントの伊藤はどうしたのでしょう。イザベラは蓴菜沼まで「伊藤も他の誰もお伴させずに」と記していますが、最終的には(当然ながら)伊藤を帯同して平取に向かっています。つまりどこかで合流している筈なのですが……。

前の記事

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事