この記事内の見出しは高畑美代子『イザベラ・バード「日本の未踏路」完全補遺』(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。この対照表は、高梨謙吉訳『日本奥地紀行』(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳『バード 日本紀行』(雄松堂出版)の内容を元に作成されたものです。
美しい夕日
「第三十五信」は「北海道 蓴菜沼(小沼)にて 八月十七日」とありますが、他に森(森町)・勇払(苫小牧市?)・富川(日高町)で記した部分もあります。「奥地紀行」そのものの内容が大半なので、「普及版」でカットされた部分はごく僅かにとどまっています。私はふたたび荒野に入った。私はさびしい湖の上にほとんど突き出して造られた家の二階から外に身体を出して坐っている。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.345 より引用)
どうやらこの「さびしい湖」が「多くの男たちが近くの山腹から、槍で倒したばかりの熊の死骸を引き摺り下ろしている。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.345 より引用)
槍で倒した……とありますが、道南はかなり前から「和人地」だったので、これはアイヌではなく和人のことでしょうね。森の茂った山々の上に、駒ガ岳 火山の鋭くぎざぎざの、ほとんど裸の山頂が夕日に赤く映えている。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.345 より引用)
「駒イザベラは「美しい夕日」というサブタイトルをつけていますが、妙に上機嫌だったのには理由があって……
この夕方の少なからぬ魅力は、私が函館から一八マイルの旅を、伊藤も他の誰もお伴させずに、馬に乗ってやって来て、まったく私一人でいることである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.345-346 より引用)
うわっ、通訳を帯同せずに旅をするとは大胆なことをしますね……。どうやってコミュニケーションを図ったのかが気になるところですが……私は馬の荷物を下ろし、日本語の名詞をなんとかうまく用いて丁寧に頼んだので、良い部屋と夕食を確保することができた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.346 より引用)
ふむ、イザベラはさすがにある程度の日本語の語彙を身につけていたということでしょうか。イザベラの夕食は「米飯と卵と黒豆」で、イザベラの馬には「擂りつぶした大豆」が与えられたとのこと。イザベラによるとこの馬は「開拓使のもの」で「蹉跌をつけて堂々としている」ので相応の待遇を受ける資格があるとのこと。
イザベラが上機嫌なのは(通訳兼アシスタントの)伊藤を帯同せずに旅をしているだけではなく……
好天気と、カラリとした空気、北海道ののびのびとした雰囲気のために元気が出てきた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.346 より引用)
わかります。めちゃくちゃ良くわかります。じめじめした空気から逃れられるだけで満足感がグッと上がりますが、イザベラは梅雨時から真夏にかけての東北を騎乗、あるいは歩きで移動してきたので、北海道の空気はとてつもなく心地よかったに違いありません。「辺境の地」
当時の平均的な「日本人」が北海道に対して抱いていたイメージについて、イザベラは次のように記しています。北海道は日本の本土の人々にとって、荒涼たる土地、未知の国、人跡稀なる地方と考えられている。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.346 より引用)
これはまぁその通りですよね。「荒涼たる土地」と「人跡稀なる地方」は今でも普通に存在していますし……。その関係は、英国人がチッペラリ(アイルランド南部の州)を、スコットランド人がバラ(スコットランド西北の島)を、ニューヨークの人が「はるか南部のテキサス」を考える場合と同じである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.346 より引用)
「チッペラリ」は Tipperary とのこと。Wikipedia には「ティペラリー県」の記事がありますが、人口は 16 万人弱だそうですから、日本における都道府県よりは「郡」に近いかもしれませんね(実際に County ですし)。謎の断り書き
『日本奥地紀行』の第三十五信には文頭に注があり、次のように記されていました。*原注──この日記体の手紙は、数カ所を削除したが、書いたままのものを掲げたいと思う。読者は、原住民族と、人のほとんど訪れていない地方に対する興味心とから、細部にわたって細かくいろいろと記述してあるものを読み通していただけるものと信ずる。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.345 より引用)
何を今更……と思ったのですが、どうやらここからの記述についての断り書きのような気がしてきました。人々があらゆる荒唐無稽な話をここのことだと言っても、ばれる心配はあまりない。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.346 より引用)
あー、なんかわかる気がします。ちょっとニュアンスは異なりますが、今は中国がそういうポジションにあるような気もします(ありもしないことを言っても「中国だったらありそう」と信じる人がいますよね)。その中で小馬の悪事とアイヌ人の話は、主な話題となっている。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.346 より引用)
これは何のことか良くわからなかったのですが……人間と犬との奇怪な行為の話もある(アイヌ人が犬を先祖とするという伝説は、アイヌという語が、イヌ=犬と、アイノコ=混血児と似ているからだ、とチェンバレンは推定している)。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.346 より引用)
「アイヌは犬の子孫だ」という話は差別的に語られることもありますが、実際にそういう伝説がアイヌの間で語り継がれている(と聞いている)ので、チェンバレン(「アイヌ語地名の命名法」の Basil Hall Chamberlain のことですよね)の推定は的外れな感じもします。熊、狼、鮭、彩飾に関する冒険談もある。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.346 より引用)
この辺は「そういうユーカラもある」ということなんでしょうか。誰でも北海道に来た者は、何か奇妙なことに出会う。一回か二回は、馬と一緒に倒れたり、馬から落ちたりする。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.346 より引用)
これは……??? 人が馬から落ちるのはごくごく普通にあることだと思うのですが、アイヌは馬とも気持ちを通わせることができて落馬させるように仕向けることができる……みたいな話なんでしょうか?この奥地について知られていること
イザベラは「この奥地について知られていること」を次のように記していました。蔓草が縺れ合っている森林におおわれていること、また斧を使わなければ通れないような笹藪が一面に生えていて、その上に同じく通行不能の沼沢地があり、そこを源として数百の川が流れ、魚が豊富に住んでいることだけである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.346-347 より引用)
これは全くそのとおりで、今でも(少なくなったとは言え)似たような場所がありますよね。イザベラはまた「赤く輝く火山が各地で見られる」と記していますが、まぁ平取に行く経路上だけでも駒ヶ岳と有珠山があるので、そういう印象を抱いたとしても不思議はないかもしれません(北海道が本州などと比べて格段に火山が多い、ということは無いかと)。またイザベラは次のようにも記していました。
森林はアイヌ人の猟場で、彼らはその性質を除いてあらゆる点でまったくの野蛮人である。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳『日本奥地紀行』平凡社 p.347 より引用)
原文でも savages とあるので「野蛮人」というのは誤訳では無いのですが、「その性質を除いて」と留保していて「彼らは温和で人に危害を加えない」と記しています。「野蛮人」という言葉のチョイスがちょっと微妙な感じで、どちらかと言えば「自給自足」のようなニュアンスを伝えたかったのかな、と思ったりもします。‹ 前の記事
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