2026年1月11日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1333) 「豊郷メップ川・エサンヌップ橋・班渓野羅」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

豊郷メップ川(とよさと──)

mep
泉池
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
波恵川の河口近くで合流する支流です(元は海に直接注いでいた可能性もありそうですが)。『北海道実測切図』(1895 頃) には「イオチク」と描かれているように見えます。


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「エヲチウエ」と描かれています。こちらは「ハイ」(=波恵川)の支流ではなく、直接海に注いでいます。


「東西蝦夷──」には、「ハイ」(=波恵川)の支流として「ハンケミフ」「ヲヒシヨマコツ」「ヘンケミフ」などが描かれています。『北海道実測切図』にも「パンケプ」「ペンケプ」などが描かれていて、陸軍図には現在の「波恵沢川」に相当する位置に「メップ」と描かれています。


どうやら現在の「波恵沢川」がかつての「パンケ子プ」だった可能性がありそうです。午手控 (1858) には次のように記されていました。

ハ イ
 ハンケミフ
  ハンケメッフと云よし
松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編『松浦武四郎選集 六』北海道出版企画センター p.465 より引用)
これも慶能舞川の支流の「ホロメップ川」と同様に、mep で「泉池」だったと見て良さそうですね。

メップ? ネㇷ゚?

ところが、永田地名解 (1891) を見てみると……

Panke nep   パンケ ネㇷ゚   下ノ流木アル處
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.238 より引用)
ちょっと違う解が記されています。そう言えば「実測切図」も「プ」としていましたね。

但し「流木」を意味する語は net が一般的で、永田地名解の「パンケ ネㇷ゚」をそれらしく記してみるならば panke-net(-o)-pe あたりになるでしょうか。少なくとも「ネㇷ゚」とはならないように思えます。

今回も永田方正が「『メップ』じゃない『ネㇷ゚』だ!」としたものの、「でも『メップ』だよね」といういつもの流れに落ち着いたような感じですね。

閑話休題それはさておき

波恵川沿いには、かつて道南バスの「豊川高校~上清畠~新生~富川高校」を結ぶ路線が走っていたみたいです(現状は確認できないので廃止されたのかも)。

当該路線には「メップ」というバス停があったようですが、これは現在の日高自動車道の近くに存在していたとのこと。これは「パンケ子プ」ではなく、川上側の「ペンケ子プ」に由来するネーミングだった可能性もありそうですね。

エサンヌップ橋

esan-nutap
岬・川の湾曲内の土地
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
波恵川の流域には(おそらく競走馬の)牧場が多いのですが、Google マップで「クラウンファーム(日高牧場)」と表示される牧場の北で波恵川を渡る「エサンヌップ橋」が存在するとのこと。


北海道実測切図』(1895 頃) には「エサンヌタㇷ゚」と描かれています。


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にも「エサンノタフ」と描かれていました。


『午手控』(1858) には次のように記されていました。

 ヱサンヌフ
  茅が(崎)きに成居るよし
松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編『松浦武四郎選集 六』北海道出版企画センター p.465 より引用)
茅ヶ崎……?(違) 「ヱサンヌフ」「エサンノタフ」「エサンヌタㇷ゚」「エサンヌップ」とどれも微妙に違いがありますが、どれも似たようなものとも言えそうな感じです。

esan-nutap を『地名アイヌ語小辞典』(1956) の解釈に従って読み解けば「岬・川の湾曲内の土地」となります。現在の波恵川の流路はかなり直線的なものですが、陸軍図を見るとそれなりにクネクネしていたようなので、岬状の土地があったとしても不思議は無さそうですね。


班渓野羅(ぱんけやら)

panke-yara?
川下側の・樹皮
(? = 旧地図等に記載あり、既存説に疑問あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
波恵川の中流部、豊郷左3号川と豊郷左2号川の間に「班渓野羅」という三等三角点があります(標高 216.7 m)。「班渓野羅」は「ぱんけやら」と読むようですが、なんのことやら

東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「ハイ」(=波恵川)の支流として「ハンケヤラ」と「ヘンケヤラ」が描かれています。


北海道実測切図』(1895 頃) にも「パンケヤラ」と「ペンケヤラ」が描かれているのですが……


ちょっと不思議なことになっていて、「ケノマイ川」(=慶能舞川)の支流にも「パンケヤラ」と「ペンケヤラ」が存在することになっています。


樹皮?

『午手控』(1858) には次のように記されていました。

 バンケヤラ
  樺の箱を作りしを(る木皮)とる処のよし。よき皮也。此樺やくかばと別也
松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編『松浦武四郎選集 六』北海道出版企画センター p.466 より引用)
「ヤラ」あるいは「ヤーラ」という川名は道内にいくつか存在するのですが、解釈が一定しない印象があります。yar は、知里さんの『植物編』(1976) によると次のような意味があるとのこと。

yar(-i)  《北》剥ぎとった樹皮。屋被や壁を葺いたり,敷物にしたり,舟をはいだりするために剥ぎ取った樹皮を云い,エゾマツ・トドマツ・キワダ等,コルク質の厚い樹皮が普通用いられた。<yar(裂片)。
yara(yari, yarihi)  《樺太》= yar(前項)。
(知里真志保『知里真志保著作集 別巻 I「分類アイヌ語辞典 植物編」』平凡社 p.287 より引用)
「樹皮」を意味する語は yar とありますが、p.11 には「その皮を『ヤラ』(yára)と云い」とあるので、yar = yara と見てもいいのかもしれません。ただ知里さんは樺太に住んでいたこともあるので、樺太方言の影響を受けていた可能性もゼロでは無さそうですが……。

永田地名解 (1891) にも次のように記されていました。

Panke yara   パンケ ヤラ   下ノ樹皮ヲ剥ク處 剥クヲ「ヤラ」ト云フ
Penke yara   ペンケ ヤラ   上ノ樹皮ヲ剥ク處
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.239 より引用)
とりあえず、今回の「班渓野羅ぱんけやら」三角点については panke-yara で「川下側の・樹皮」と見るべきでしょうか。

破れる? 擦り切れる?

yar は「樹皮」を意味するほか、『萱野茂のアイヌ語辞典』(2010) によると「破れる」や「破れた」を意味するとのこと。ただ『アイヌ語沙流方言辞典』(1996) では yar は「すり切れる」という意味であり、「破れる」は perke であるとしています。

また更科さんは南富良野町の「パンケヤーラ川」について次のように記していました。

パンケヤーラペッとは川下にある川の意で、現在もとかげが棲息している。
(更科源蔵『更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解』みやま書房 p.123 より引用)
ただ「とかげ」を意味する語は aram あるいは haram とするのが一般的なので、ちょっと注意が必要です。

ちょっと気になるのが

実は個人的には、どの解にも納得していなくて……。ちょっと気になっているのが「窓」を意味する puyar との関連です。現時点では全く根拠が無いのですが……。

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