2026年1月17日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1335) 「ピシナイ川・王幸納」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ピシナイ川

pesi-nay??
あの水際の崖・川
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

「モヘシユイ」と「モペㇱュナイ」

日高町庫富くらとみで日高門別川に注ぐ北支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) では「モペㇱュナイ」と描かれているように見えます。


東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には「モヘシユイ」と描かれていますが、何故かモンヘツ(=日高門別川)の南側に描かれています。どうも日高門別川筋の描かれ方には不正確な点が多そうな……?


「質問する川」説

戊午日誌 (1859-1863) 「茂無辺都誌」には次のように記されていました。

また少し上りて
     ヒシナイ
左りの方相応の川也。其名義昔し山の土人山より下り、浜の土人上り来りて、此処にて出合、互に山の事や浜の事を聞、其後大に喧嘩をなせしと云よりして号しと。ヒシは聞と云事のよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.616 より引用)
「ヒシとは聞くと言う事」とありますが、さてそんな意味があったかな……と思って辞書を見てみると、普通に pisi は「たずねる、質問する」とありました(汗)。

「水穴のある小川」説

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Mo pe shui   モ ペ シュイ   水穴アル小澤?
永田方正北海道蝦夷語地名解』国書刊行会 p.237 より引用)
pe は「水」で suy は「穴」を意味するので、pesuy で「水穴」を意味します。mo-pesuy で「小さな・水穴」を意味することになるのですが……

「ヒシナイ」と「モヘシユイ」

ところが、ちょっと妙なことに気づいてしまいました。「東西蝦夷──」では「モヘシユイ」が日高門別川の側に描かれている……ということは前述の通りですが、戊午日誌「茂無辺都誌」を良く見てみると、p.616 に「ヒシナイ」と記された後の p.619 に「モヘシユイ」とあるのですね。

また少し上りて
     モヘシユイ
右の方小川也。其名義はトレフも干て仕舞頃まで此処は皆掘に来る故に、此処には其穴が多く有ると云義のよし也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.619 より引用)
妙なことになってきたので、今更ですが表にまとめてみました。

東西蝦夷山川地理取調図 (1859)ヘシナイモヘシユイ
戊午日誌 (1859-1863)ヒシナイモヘシユイ
北海道実測切図 (1895 頃)モペㇱュナイ山モンペッ
国土数値情報ピシナイ川-
地理院地図ピシナイ川-

どうやら「東西蝦夷──」に「ヘシナイ」と描かれている川?が「ヒシナイ」、あるいは「ヒシナイ」だった可能性がありそうです。

そうなると「ヒシナイ」と「モヘシユイ」は別物と考えるべきであり、『北海道実測切図』が現在の「ピシナイ川」の位置に「モペㇱュナイ」とプロットしたのが怪しく思えてきます。少なくとも「ピシナイ川」が「水穴のある小沢」と考えるのは無理がありそうですね。

浜のほう? あの小石?

となると松浦武四郎の記録を前提に考えるしかありません。まぁ「裸になる川」があるなら「言い争いをする川」があっても不思議ではないのですが、どちらも「言葉遊び」(ダジャレ?)の可能性を考えておきたいところです。

地名アイヌ語小辞典』(1956) には、pesuy と似た語として pisoy という語の項目があります。「魚なら腹部の線」とあり、「対→aka」とあるのですが、aka は「尾根」や「崖」「岬」などを意味するとのこと。

また「地形では磯辺」とあり、これは pis-o-i で「浜・にある・ところ」と考えられるのではないかとのこと。pis(浜)は kim(山)の対義語で、kim(山)は nupuri(山)と異なり「概念としての山」を意味するので、pis も「海岸」ではなく「海のほう」を意味する……と見るべきでしょう。

ところが「ピシナイ川」はどう見ても「海のほう」にあるとは考え難い立地です。「小石」の所属形が piti らしいので、理屈の上では「あの小石の川」であれば piti-nay となっても不思議はないのですが、単なる小石ではない「あの小石」とは何なのか、という謎が残ります。

あの水際の崖?

となると……思いっきり消去法ですが、「水際の崖」を意味する pes という語があるので、pes-nay で「水際の崖・川」あたりでしょうか。所属系は pesi らしいので、pesi-nay で「あの水際の崖・川」だった可能性もあるかもしれません。

地形図を見る限り、そこまで厳しい崖が続く川にも見えませんが、地形図を見ると「庫富簡易郵便局」の北にごく小さな崖らしき地形が描かれています。このことを指したネーミングだったんでしょうか……?

類型がありそうな感じもしますが、ちょっと思い出せないので一旦は「類型未確認」としておきます。

王幸納(おさつない)

o-sat-nay
河口・乾いている・川
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
日高町と平取町の境界となっている分水嶺に「王幸納」という名前の二等三角点が存在します(標高 309.3 m)。三角点の所在自体は「平取町川向」ですが、『北海道実測切図』(1895 頃) には日高門別川の支流として「オサツナイ」が描かれていました。


戊午日誌 (1859-1863) 「茂無辺都誌」には次のように記されていました。

扨またしばし過て向岸
     ヲサツナイ
左りの方ノタ(に)在る也。此沢干て有るより号し也。ヲサツはサツテの義也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中』北海道出版企画センター p.618 より引用)
o-sat-nay で「河口・乾いている・川」と見て良さそうですね。「ヲサツはサツテの義」とありますが、この「サツテ」が sattek のことであれば「やせている」で、夏になって水が涸れた状態を指します。

この「ヲサツナイ」に「王幸納」という字を当てたようですが、「王」の字を使ったのはちょっとユニークですね。

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